「ユーリ・アルレルトです」
「入れ」
結局タイミングが得られず、本部で解散になった後にユーリはリヴァイの執務室を訪ねた。リヴァイの執務室は挨拶に来た時と合わせて2回目だ。潔癖という噂に違わず、最低限のものだけで構成された執務室は綺麗に整えられている。
簡素な机の上の書類に目を通していたリヴァイが顔を上げる。
「お預かりしていた団章をお持ちしました」
「あぁ、助かる」
立ち上がり、預かろうと手を伸ばす彼に、ユーリは一つずつ団章を手渡していく。
「こちらがケインさん、こちらがシンシアさん、こちらスティーブさんで…」
持っている団章を手渡し終える。
「これで全てになります」
「全員、名前を覚えていたのか」
「いえ、さすがに存じ上げない人もいたので、他の人に確認しました」
「…そうか」
こくりと彼に頷く。リヴァイがこの団章を集める理由について聞いてみたいと思ったが、壁外調査終わり、まだ書類の処理をしている上官を煩わせるのも心苦しい。
「なんだ」
逡巡した間は見逃されず、リヴァイの三白眼に見下ろされる。
「い、いえ」
「…言いたいことがあるならはっきり言え」
「その、どうして団章を?」
責めるというわけではないが、やや強めの響きに押されてユーリは口を開いた。言ってから、やはりこんなくだらないことをと後悔する。
「…俺に取っては、これがこいつらの生きた証だ。遺体を必ずしも連れて帰れるわけでもねぇしな」
「……」
遺体を必ずしも連れて帰れるわけではない。それは事実だ。昨年の間にも、遺体を途中で捨てざるを得ない時があった。こう言いたくはないが、自力で動けない、重たい体は荷物になる。巨人から逃げるとなれば、乗せたままでいられない時もあるのだ。
そういったとき、確かにこの団章だけならば持ち帰ることは可能だろう。
「私たちが心臓を捧げて、求めるもの…」
「…名前も確認していてくれたのは助かった」
「いえ、…良かったです」
粗雑に扱う気はなかったけれど、名前がわからないけど団章を集めるだけ、としていたら、申し訳なさで死にたくなるところだった。
ちらりとリヴァイを見ると、彼はじっと手の中の団章を見つめている。遠征に行くたびにいくつもの命を看取り、残された思いを背負ってきたのだろう。リヴァイは6年前に調査兵団に所属したと聞いている。6年。調査兵団ではそれだけ長く生き残るのも難しいくらいの期間だ。その間に彼のそばで、信じられないほどの数の命が失われただろう。
強く、頼られる側の人であるリヴァイはその間、誰かのもとで心を安らげる時があっただろうか。…悲しい気持ちも受け入れてもらえる場が、あったのだろうか。1年前に自分にそれを与えてくれたように。
「…団章は、ご遺族にお返しするのですか?」
「あぁ。班長が挨拶に行くから、これは後で所属するところの班長に渡しに行く」
「そうなんですね。…あの、では、ヨーゼフさんのところは、兵長がお一人で?」
「そうなる」
嫌がられたら引き下がる。迷惑なら引き下がる。そう心に留め、バレないように深呼吸する。
「私も同行させていただけませんでしょうか?」
「あ?」
「ヨーゼフさんには短い期間ではありますが、私もお世話になりました。できれば私もご遺族に挨拶をしたいと思うのですが」
「……楽しいものじゃねぇぞ」
「ご迷惑なら構いません」
「…明日、朝に出る。遅れればおいていく」
「ありがとうございます」
敬礼をして、リヴァイの執務室を去る。もともとあまり機嫌が良さそうな表情はしていない人だから、先程の仏頂面も不愉快に思っているわけではない、と信じたいが、どうだろう。はっきりと断るほどには嫌がられていないようではあるけれど。
大事な部下が死んで、それを遺族に伝えに行く。それはどれだけ辛いことだろう。ユーリは以前、ネスの元にいた頃、彼が飲み会でぼやいている姿を見たことがある。必ずしも遺族が穏やかに受け入れてくれるわけではなく、むしろお前のせいだと言わんばかりに罵倒されることが多いと言っていた。シスと共に行くから少しは気持ちはマシだけれど、とも。
一人で伝えに行くよりは、たとえ自分であっても気持ちが楽になるのではないかと思いついていくことを申し出た。余計なお世話かもしれない。だからもっともらしい理由をつけた。もちろんヨーゼフを悼む気持ちは嘘ではないけれど、無表情で団章を見つめるリヴァイが悲しんでいるように見えたから、何かできることがないかと探した行為であるという方が正しい。
「明日か」
死を伝えにいくのが怖い。この気持ちも上官たちは壁外調査から帰るたびに経験しているかと思い、ユーリはゆっくりと息を吐いた。
※2021-07-28 微修正しました。