「わぁぁ、可愛い」
繊細な細工の施された小物入れや小瓶、キャンドル立て。普段使用しているのは味もそっけもない、最低限の機能を果たす日用品であるだけに、見ているだけでも心が躍る。触れたら壊してしまいそうなそれらをまじまじと見つめ、ユーリは頬を紅潮させた。
しばし魅入った後、はっと繋がった手の先にいるリヴァイを見上げる。
「どうした」
微笑むとまではいかないが、柔らかい表情と声で言われて、ユーリの体温がさらに上がる。
今日のリヴァイはとにかく優しい。たまには出かけたいといっていた割には、行く場所もユーリが喜ぶようなところばかりだ。
ランチは木造の可愛らしい邸宅に開かれたレストランだった。どちらかというと女性が好きそうな、白とパステルグリーンを基調にした可愛らしい内装で、リヴァイのチョイスとしてはかなり意外なものではあった。けれどだいぶ前にはなるが、彼のお気に入りの紅茶専門店も女性受けの良さそうな場所だったし、実はそういう方が好きな可能性はある。あるいは、清潔感がありそうな場所を優先した結果そうなるのかもしれない。
いずれにせよ、ユーリとしては可愛らしいお店に入れる機会も滅多にないので、とても嬉しい話だった。
料理も美味しかったし、自分よりも味にうるさそうなリヴァイも機嫌が良さそうだったので、きっと口に合ったのだろう。
支払いに関しては自分の分は払うと言ったのに、有無を言わせずにリヴァイが支払ってしまったことが不満である。自分が誘ったのだから当然だとか、薄給の部下に払わせられるかだとか、少しは男を立てることを覚えろだとか数々の理由を挙げられ、渋々と了承した。礼を言えば少し嬉しそうにしていたので、本気で部下に払わせるのが嫌いなのかもしれない。
その後はまた手を取られて街を歩き、ユーリがウィンドウに並ぶ何かに目を奪われればそこに立ち寄り、といった具合だ。
「退屈ではないですか? 私が興味持ったところばっかり寄ってもらっていますし」
「いや、問題ねぇ」
「ならいいですけど…兵長も気になるところがあったら言ってください! どこでもついていきます」
胸を張ってユーリが言えば、リヴァイはそんな彼女の頭を撫でた。
「あぁ。言うから気にしなくていい」
「…はい」
優しい表情のリヴァイを見ているのも恥ずかしく、店内をきょろきょろと見回す。ゆっくり歩いていくと、一角に多様な石鹸をおいたコーナーがある。色のついたもの、ハーブやドライフラワーが練り込まれたもの、かわいらしい形に象られたもの。普通の石鹸とは異なる、けれど香水ほどではない、控えめな香り。
「兵長はどんな香りがお好みですか?」
尋ねながら、お昼のお礼にでもプレゼントしようかと考える。石鹸なら、綺麗好きなリヴァイにも気に入ってもらえるかもしれない。見上げたリヴァイは少し考える素振りを見せてから、ユーリを見つめた。
「お前はどれが好きなんだ」
「え、私ですか?」
逆に質問を返され、うーんと首を捻る。いくつか手に取って香りを確かめる。そのうちの一つ、ほのかで柔らかな香り。それは今年になってから随分と慣れ親しんだものに似ている。リヴァイを彷彿とさせる、紅茶の香りだ。
見た目はドライフラワーが埋め込まれたような華やかなものではないが、それでもこの香りだけで幸せな気持ちになれる。
「これ、ですかね」
リヴァイに手渡して反応を窺う。香りを確認した彼は目を細めた。
「…悪くねぇな」
言うなり、それを2つ手にとった。
「おい店主、これをくれ」
「あっ兵長!」
店主に声をかけたリヴァイの腕を慌てて引く。
「も、もし良かったら、今日のお礼に、私からプレゼントさせてください」
なんだと振り返った彼に言えば、リヴァイは少しだけ目を見開いた後に、口元をほんのりと緩ませた。
「…あぁ」
そう言って石鹸がひとつユーリの手の中に戻される。けれどもう1個は未だリヴァイの手の中だ。
「あの、そっちも」
「こっちはいい」
「でも」
「それを俺にくれるんだろう?」
そう手元の石鹸を指さされる。楽しげに細められた目で見られ、それ以上何も言えなくなる。
ラッピングもできるよ、と店主に言われたため、それもお願いした。その間にリヴァイは別の売り子に話しかけ、もう1個の石鹸を購入しているようだった。
別に、調査兵団の給与があまり高くはないとはいえ、石鹸を2個買うくらいはできるのに。
うむむ、と唸っている間に包装がなされたらしく、緑のリボンで飾られた白い箱が渡される。
今日のお礼とするには物足りないかもしれないが、それでも心湧き立つものには変わりない。これはこれとして、また何か考えればいいのだ。
「兵長、今日お出かけに連れてきてくれてありがとうございます」
店を出てからリヴァイに向き直り、両手でそれを差し出す。
「いや、俺が誘ったからな」
「でもお昼も出してもらってしまって…それに、その、今日はとっても幸せで…」
だからお礼です、と続けた声は、恥ずかしさで段々と小さくなっていった。顔が熱くなっていく自覚もあり、つい俯いてしまう。
そんなユーリの様子にふっと笑う声が上から注ぐ。自分の態度が子供のようで恥ずかしい。
「あぁ、ありがとう」
手の中の小さな重みが消える。視線だけを上に向ければ、蕩けそうに緩んだ瞳で、柔らかな微笑みを向けるリヴァイがいる。その表情に、息もできないくらいに体が甘く痺れる。
ーー勘違いをしてしまいそうだ。
こんな表情で見つめられたら、誰だって誤解してしまう。自分だけに、その甘やかな目が向けられているのではないかと、いつも冷静なグレーの瞳が、特別な熱を灯していると。
頬を染めて惚けるユーリの手の中に、リヴァイは自身が持っていたものを滑り込ませた。
「…え?」
「お前も、好きだと言っただろう」
手の中にあるのは既視感のある白い箱。けれどそれを纏めるリボンの色は緑ではなく、透けて煌めくような金色だ。
「ぇ、…え?」
「ちゃんと使えよ」
そう言ってユーリの片手を取り、再び歩き出す。
ユーリは手元の箱と、先導するリヴァイとの間を忙しなく見比べた。
2個、手に取ったのは。そのうちの1個しかユーリに渡さなかったのは。
手にしたままの白い箱。潰してしまわないようにそっと、でもしっかりと胸に抱く。
「ありがとう、ございます」
「…あぁ」
ユーリを振り返ったリヴァイは、満足そうに目元を緩めた。