AOT原作以前第29話

 

 

「グンタさんっ…!!」

 

今行けば助けられる、そう判断しての行動だった。

 

伝令に走った先で遭遇した巨人。建物が複数残る場所で、見通しが悪いことが仇になった。立体機動装置を利用しやすい代わりに、巨人の索敵がどうしても遅れてしまうのだ。

不運なことに複数の通常種のみならず奇行種までいて、一人でも多くの兵士が欲しいところだろう。ユーリももちろん参戦した。

 

そんな中で一体の巨人がグンタに顔を向けた。ユーリからほど近い位置で、グンタにとっては後方に当たる。通常種であり、ユーリの立体機動のスピードでも彼を押すだけで助けられそうに見えたし、事実、その判断は大きくは間違っていなかった。

 

ただ僅かに目算を見誤っていた。

思い切りグンタを押したユーリも巨人の口を逃れるように体を捻ったが、ほんの少し、ぶつかってしまったのだ。たったそれだけなのに巨人にぶつけられた体が吹き飛ばされ、天地が逆転して自身の位置を見失う。

 

その隙は壁外において命取りである。

 

吹き飛ばされた先にいた巨人がユーリの体を掴もうと手を伸ばす。視界の端に写ったそれに、ユーリはガスを吹かして逃れようとするが、間に合わない。華奢な左足を思い切り掴まれる。

 

「ッあア…!!」

 

バキッという音とともに、脳天をつくような痛みが体を走る。

折られた。

しかし痛みにかまけていては死ぬ。

 

少なくない壁外での経験が思考するよりも早くユーリの手を動かした。ワイヤーの片方を巨人の目に突き刺し、ブレードは自身を握る指に切りつけた。

ぼろりと巨大な指が落ちる。ユーリの体も重力に従い落ちていく。

どこかにワイヤーを伸ばさなければ。

 

そう思うのと同時に、脛骨の支えを失った左足がぐにゃりと曲がる。激痛に視界が弾け、体が硬直する。

その間にも体は真っ逆さまに落下していく。痛みはおさまらない。

 

(まず、い)

 

とにかくワイヤーをと涙でぼやけた視界で見回そうとする。

 

その時、ふわりと体が浮いた。

 

「生きてるな」

 

「へい、ちょ…」

がっしりとした腕でユーリを支えたリヴァイは廃墟の屋根の上に着地する。見ればユーリの足を掴んだ巨人はすでに地に倒れ蒸気を上げており、そのほかの巨人も応援に来た兵士たちにより、まさにうなじを削がれているところだった。

 

「あり、がと…ござい…っぅ」

優しく降ろされるが、なにぶんありえない方向に足が折れ曲がっている。動かさずとも尋常ではない痛みが駆け巡り、僅かな振動すらもが意識を失ってしまいたいほどの激痛だった。

 

「完全に逝っちまってるな」

「ぃ、命、あるだけ…マシですね」

そう言って笑みを作ると、リヴァイが凶悪な顔でユーリを睨みつけた。

 

「後少しで頭の中身もぶちまけちまってただろうが」

「わ、わかって、ます。ほんと、ありがとう、ございます…」

 

上司からの縁起でもない叱責にユーリは答えた。舌打ちしながらリヴァイはユーリの足を見る。

「触るぞ」

「ッ…! ぅ、ッ…」

言って、リヴァイはユーリの左足に触れた。今まさに焼けているかのような痛みにユーリは唇を噛んだ。

 

ブーツを脱がせ、左足のベルトを緩めて外す。関節とは違う位置でぐにゃりと折れた足を見てリヴァイは眉間の皺を深めた。ズボンを捲り上げれば、内出血を起こして腫れ上がった下腿が露わになる。

 

ユーリ! 大丈夫か!」

屋根に降りたグンタがやってくる。少しマントに泥がついていたりはするが、立体機動を使い、歩くこともできているグンタにユーリは胸を撫で下ろした。

 

「グンタさ…無事で…」

「あぁ、お前のおかげで巨人に喰われずに済んだ。ありがとうな」

「グンタ、添え木になるものを持ってこい」

「了解」

リヴァイの指示に従い、グンタがさっと屋根を離れる。

 

周囲の巨人は片付き、兵士たちは落ち着きを取り戻してきている。混乱した隊列を戻そうと、部隊長による指示が飛んでいた。

 

「あまり綺麗なもんじゃねぇが…今はこれしかねぇ。クソを漏らすよりはマシだろう」

言って、リヴァイは自身のクラバットを外し、ユーリに噛ませる。ちょうど戻ってきたグンタが添え木をリヴァイに渡した。グンタには戻るよう指示を出してから、リヴァイはユーリに向き直る。

 

「いくぞ。耐えろ」

その言葉にユーリは頷いて身を硬くした。

 

「ッーー!!! ーーーー!!」

 

思い切り折れ曲がった足を引っ張られ、声にならない悲鳴をあげる。飛び上がった体に合わせて涙がぼたぼたとこぼれ落ちる。クラバットを噛み締めた歯の隙間からふっふっと息が漏れる。

 

リヴァイは淡々と整復した足に添え木を当て、自身の腰布でそれを固定した。

「こんなんで悪いが、少しの間我慢しろ。救護班まで距離がある」

そうユーリを横抱きにするリヴァイのシャツを握り、荒い息のまま頷いた。

 

 

***

 

 

馬が歩を進めるたびに腕の中の存在が小さく呻いた。できる限り揺らさないようにと気をつけても、多少の振動は伝わってしまう。

 

ユーリが生きているのは幸運でしかなかった。あと数秒遅かったら、彼女はその脆い身体を地面に叩きつけられていただろう。

伝令として遣わした先で黒い煙弾が上がったのを見たとき、体中から血の引く音が聞こえた。ユーリは調査兵団の中で古参を含めても優秀な身のこなしをする兵士ではあるが、有能さも経験も、時として灰燼に帰すのが壁外である。そして奇行種が相手であればリスクはなおさら上がる。

 

危うく他の班員の存在を忘れてそちらに駆け出しかけたが、班長としての責務も思い出して、指示を飛ばしてから救援へと向かった。

 

ユーリの姿を探しながら数体の巨人を切り進んだ先で、彼女が巨人の手から逃れ、しかし巨人のもう一方の手が再度彼女を狙うのが見えた。一太刀でその巨人の項を削ぎ、振り返った先。彼女はおそらく近場の高台に避難できているはずだと思っていたのに、そのまま重力に従って落ちていく小さな身体があった。

なんとかその身体をすくい上げたが、最悪の想像が頭をよぎったことは否めない。痛みを堪えて微笑む彼女に喜び以上の怒りが湧き上がる程度には動揺をしていた。

 

壁外はもちろん、壁内だって、安全で明日も間違いなく生きていられる安穏とした場所などと思ったことはなかった。兵士であろうとなかろうと、ユーリも自分もいつ死んだっておかしくない。

 

けれど。

 

腕の中で浅い呼吸をしているユーリを強く抱きしめる。

「…もう少し、我慢しろよ」

「はい…大丈夫です…ありがとうございます」

気丈に笑う彼女が流した涙はすでに乾いている。弱いくせに、強い女。

 

どういう道を選んだって、守りきれるかなどわからない。この小さな温もりを失うときがいつくるかなどわからない。

けれど弱くも強いこの少女を、生きている限り、出来得る限り、自分の手で守りたい。

 

「馬…走らせづらくないですか?」

「問題ねぇ。…だが、もう少ししっかり捕まってろ」

 

そう言って小さな頭を己の肩に押しつければ、背に回されていた腕にきゅっと力がこめられるのを感じた。

 

この愛しい存在を、失ってなどなるものか。