AOT原作沿い3-9

 

 

 

「……俺の班には…言い忘れてたが、」

本物の王家はレイス家である。だからヒストリアを女王に据える。嫌なら全力で逃げて戦え。そう伝え、ヒストリアを締め上げたリヴァイの背を、ユーリはじっと見つめていた。

 

……結局、汚れ役を買ってくれる。

恨みがましげにリヴァイを睨みつける新兵たちに、ユーリは苦い思いを噛み殺した。

 

「お前らは明日何をしてると思う? 明日も飯を食ってると思うか? 明日もベッドで十分な睡眠を取れると…思っているか? 隣にいる奴が…明日も隣にいると思うか?」

そう尋ねるリヴァイの言葉に、ぎゅっと胸が痛くなる。彼はずっと、それが当たり前でない世界を生きてきたのだ。

 

昔の話はいくらか聞いたことがあった。調査兵団に所属することになった経緯も、その際に、大事な仲間を失ったことも。そして彼はそれから何年も、数多くの部下を失ってきている。

その辛さをすべて理解できるとは言わない。けれど、ユーリもこの世界で多くのものを失ってきた。だから、彼が言いたいことはわかる。

自分たち調査兵団は、いくつもの心臓を積み重ねて、巨人を駆逐するために戦っているのだから。

 

「私の…次の役は女王ですね…? やります、任せてください」

青ざめて告げるヒストリア。彼女に罪悪感が湧かないわけではない。

本当に、サネスと変わりはないのだと、ユーリはきゅっと唇を引き結んだ。『崇高な目的』のために、個人を犠牲にしているのだから。

それを完全に是とすることはできない。ヒストリアも大事な後輩のひとりだ。利己的な自分が、関係のない他者は切り捨てても良くて、縁を持った人間は守るべきだと訴える。大切に思った人は、全員守るべきだと。

 

けれど。

 

巨人を駆逐するためにそれが『必要』なら、そうする。自分は調査兵団の兵士だ。目的のために優先順位をつけて、劣るものを、切り捨てていく。本当に大事な一握りのもののために。

葛藤がないわけではない。けれど選ぶ必要がある。

 

リヴァイもそうだ。104期生がどう思うかはわからないけれど、彼はこうしてヒストリアを従わせることをなんとも思わないわけではない。

目的のために手段を選ばないということもできる人かもしれない。けれど、心がないわけではない。決して。

すべてを黙って背負っていくだけの強さがあるというだけ。

そしてユーリは、その強さを強いからと放置したくは、ないのだ。

 

ニファに話の続きを促したリヴァイの隣に並ぶ。

選んで、切り捨てて、恨まれて、それでも進むその途中。疲れたら寄りかかってくれていい、自分はリヴァイの支えになりたい。そう伝わることを願って、肩をそっと触れ合わせた。

 

 

***

 

 

ユーリはむっと眉を吊り上げた。

「もっとかっこいいのに…」

「……姉さん、問題はそこじゃないと思うよ」

「え? …こ、声に出てた!? ごめん…」

さっと顔を赤らめたユーリに、アルミンはなんとも言えない表情で嘆息した。

 

それはジャンが持ち帰ってきた手配書だった。調査兵団で名前と顔が知られている人物などごく限られているが、その筆頭はリヴァイである。だからこそ顔を描かれたのだろうけれど、それが、似ていない。なんだか鼻が大きいし、本来の彼よりも目付きが悪く、全体的にバランスも悪い。リヴァイの魅力がまったく表わせていなかった。

だからこそ思わず零れてしまった不平だけれど、104期生に囲まれているこの空間ではあまり適した発言ではなかった。

 

ヒストリアに親しい彼らと、リヴァイの恋人であるユーリとの間にも溝ができているのを確かに感じていた。

弟はおそらく、リヴァイの言っている内容と現状における最善を理解している。ミカサもそうだ。

だからその2人は明らかな不平を抱えているわけではないけれど、他の3人はリヴァイの横暴なやり方が気に食わないという雰囲気がよく出ていた。身近な仲間への同情とも言える感情が先に立っている。

 

リヴァイを初めから盲信しているわけではないという意味では、彼を色眼鏡で見ていなくて喜ばしい、とも言えるだろう。だが、この場において目指す場所が異なるのは厄介だった。

アルミンが調査兵団自体を庇うような発言をしても、それで不信感を拭えるわけではなかった。

 

「俺は…やっぱ御免だぞ、人殺しなんて…もしあの兵長に殺せって命令されてもできると思えねぇ」

「俺もだ。従わねぇやつは暴力で従わせればいいと思ってんだ、リヴァイ兵長は。ヒストリアにやったみてぇに! …あ」

 

ちらりとこちらの様子を窺うコニーに苦笑する。リヴァイと付き合いの浅い彼らが不平を抱くのは仕方がない。仕方がない、と、思う。が。

強いから、力で従えているのだと思わないで欲しい。強いから、なんでも平然とできていると思わないで欲しい。違うんだ、傷ついている、悲しんでいる、それを出さないし出せないだけだと、わかって欲しい。

リヴァイが揺らいだら調査兵団全体が揺らぐだろう。それだけの強さと求心力がある。それだけの、責任が負わされてしまっている。

 

大声で反論したいのを、ぐっと堪える。立場的に情からリヴァイを庇っているように聞こえるだろうし、それを違うのだと説き伏せるほどの時間が今はない。

作戦中に変に仲間内での不信感を煽ることは、彼らの命の危険を高めることになる。それをリヴァイは望まない。決して。

本音を心の奥へと踏み潰して、コニーたちを見た。

 

「大丈夫、聞かなかったことにするよ。ただ、生きるため、そして生かすためには何を優先すべきかを考えて、腹をくくって欲しい」

「……」

「俺は…暴力組織に入ったつもりはないです。俺は…あん時、人類を救うためにこの身を捧げました」

拳を握ってユーリを睨みつけたジャンを、ユーリはまっすぐと見返した。

 

「調査兵はみんな、そのために戦ってるよ。自由を掴むために。そのために一定の人を犠牲にしていることを否定はしない。今から人間と戦う可能性があることも。全員を――ひとりたりともこぼさずに、人類全体を救うのは難しいと判断したから、人の命に優先順位をつけている。それは、何かを捨てる決断ができないと、何も成すことができないから」

「……」

「それがどうしても納得できないなら、憲兵に顔を知られていないのだし、今ここで脱退しても構わない。私は追わない。信じる道を進めばいいい。ただ、騒動の中心にエレンとヒストリアがいるのは間違いなくて、彼らを追っている敵がいることは変わらない」

「それは…」

「自由の障害である敵が人間なら、私もその人たちを斬る。みんなにも、もし兵長の立てた作戦に従うなら、人を殺すことへの躊躇いは捨てて欲しい。自分の躊躇いが原因で仲間が死ぬことは、…きっと、耐え難いと思うよ」

 

だから、次はもう躊躇わない。同じ轍は踏まない。

「兵士になったばかりなのに酷なことを強いていることはわかってる。…でも、みんなに死んでほしくないし、仲間を失うことで後悔してほしくない」

 

「……」

 

「……あのチビの異常性には最初から気付いていたけど」

「…チビ……異常…」

 

あたりを支配した沈黙を破るように紡がれたミカサの言葉にユーリは目を大きくして呟いた。

審議会での印象がありミカサがリヴァイをそこまで好いているわけでないことは知っていたし、小柄なことは否定できないけれど、そんなはっきりと悪口を言われるだなんて。

 

「この現状を乗り越えるためには…リヴァイ兵士長に従うのが最善だと思ってる。できればみんなも、腹を決めて欲しい」

黙り込んだ新兵たちは、完全に納得しているわけではないだろう。けれど今はこれが精一杯か。

 

ジャンたちの言っていることだって、十分に理解ができる。自分が新兵のときなら、やはり抵抗しただろう。けれど今はもう、ただ綺麗事を言って過ごすことができない。それだけの仲間の犠牲を見てきてしまったのだ。

それだけの心臓が、自分の背中に乗っている。

 

 

***

 

 

「兵長…!」

 

驚くべきことは複数あった。リヴァイを追跡し、銃を向ける兵士。見たことのない立体機動装置を用いていた。そしてその『敵』をリヴァイは深く斬った。

 

しかし、ユーリの中で最も気にかかったのは、頭から血を流しているリヴァイの姿だ。

荷台に乗り指示を飛ばすリヴァイの様子はいつもと変わりなく冷静であり、大きな怪我ではないかもしれない。ただ、それでも不安に思うことは違いなかった。

 

ユーリとミカサは俺と立体機動で逃走の支援だ」

「……エレンとヒストリアはどうするつもりですか」

「他の手を探すしかねぇだろ。それも俺たちがこの場を生き延びることができたらの話だ。敵を殺せるときは殺せ。わかったか?」

「…了解」

「……兵長、怪我は…」

「問題ねぇ。気ぃ散らしてテメェの頭ん中ぶちまけるんじゃねぇぞ」

「…はい」

ユーリを睨みつけたリヴァイに、ユーリは口を引き結び頷いた。

 

「兵長! 来ました! 右前方より複数! 曲がります!」

アルミンの声に後ろを向けば、近づいてくる宙を舞う複数の人影。ひとつ息を吐いて、ユーリは己も宙に舞い上がった。

 

殺しに来ている以上、殺さざるを得ない。そうしなければ、大切な人たちを失ってしまう。

動いている状態で動いている相手を撃ち抜くのは難しい。できる限り予測しづらい軌道を描く。回り込んで馬車へと近づこうとする相手に牽制のために刃を投げつける。それを避けるためできた隙に近づき、――首を裂いた。

 

「ッ…」

 

巨人を削ぐのとは違う、硬い皮膚とその下の柔らかな肉を切り裂く感触。

斬った相手を振り返りはしなかった。感触を振り払うように硬質な柄を強く握った。生きること、守ること、それだけを考える。意識を逸らしては、ダメだ。

 

「クソッ!! 回り込まれる!!」

リヴァイの声に馬車の方を見れば、ユーリとは反対側から回り込む影があった。

 

「アルミン…ッ!!!」

弟に向けられた銃口に全身から血の気が引く。

 

「ッ止まれユーリ!!」

リヴァイの声にビクリと身体が震えた。目の前を弾道が掠める。直線的に移動しようとしたからだ。

アルミンのもとにいた人物はミカサが蹴り飛ばし、荷台にうつ伏せている。

 

「動くな!!」

彼女に銃を向けたジャンの表情は見えない。けれどその声は震えているように聞こえた。

 

「ッ…!」

向こうの援護に行きたい。しかし視界の中に馬車を――ジャンを銃で狙う男の姿が入る。あれも捨て置けない。ジャンが躊躇わないことを願いながら、ユーリはその男に刃を突き立てた。後ろから腹に穴を開けて、そのまま横に薙ぐ。温かな血飛沫が顔に飛んだ。

 

「ジャン!!」

ミカサの声に顔を上げる。

 

間に、合わな――!!

 

パンッという、散弾よりも軽い音が鳴り響いた。

 

 

「街を抜けるまであと少しだ!!」

 

……強くて、聡い子。