「兵長、今日は私が紅茶お淹れしましょうか?」
にこにこと尋ねたユーリに顔色を変えたのは、アルミンとミカサだった。
「姉さん、それはやめたほうが…」
「ユーリは台所に近づかないほうがいい」
「…あぁ、頼む」
なんとか止めようとする二人をよそに、リヴァイは言葉少なに承諾した。
弟たちの言葉を笑顔で黙殺したユーリは立ち上がり、意気揚々と炊事場に向かい湯を沸かした。少し待ったのち、まだ湯気の上がらないケトルに伸ばしたユーリの手を、いつの間にか隣に立っていたリヴァイが掴む。
「あれ?」
「あれ、じゃねぇ。まだ沸騰してねぇだろ」
「そろそろ頃合いだと思ったんですが…」
「根拠のない自信を持つ前向きさだけは俺も見習おう」
「…お褒めに預かり光栄デス」
むっと口を尖らせる彼女に目元を緩め、リヴァイは彼女の横髪を耳にかける。
「拗ねるな。襲われてぇのか」
「どっ! どうしてそうなるんですか…!」
さっと顔を赤らめてリヴァイを睨むユーリに口の端を上げると、リヴァイはケトルを指し示した。
「もう沸いてるぞ」
「っ…」
からかわれている。わかっているのに、どうしても恥ずかしくて、過剰に反応してしまう。
ユーリは恨めしげにリヴァイを見てから、しゅしゅしゅと音を立てるケトルを掴んだ。
リヴァイの指導の下で紅茶を淹れるのももう数え切れないほどの回数になる。けれど未だ、これに関しての信用は得られていないらしい。毎回一人で淹れるつもりでいるのに、結局リヴァイの監視下におかれ、事細かな指示や訂正を受けることになる。
さすがに最初の頃のように手順を飛ばしたりすることはないが、何かが違うらしい。
何度も教え込まれた紅茶の淹れ方を思い出しながら、ユーリはできる限り実践していく。途中、やはり訂正が入りながらも、全員分のカップに紅茶を注ぎ終えた。
小さいお盆に、ひとまず4人分だけ乗せて両手で持つと、その様子も見守っているリヴァイを見上げて笑いかける。
「兵長、私、そろそろ紅茶を一人で淹れられると思いませんか?」
「あぁ、その場で昏倒させてやりたい客が来た時とかな」
「……」
毒物扱い。またむっとしてリヴァイを睨みつける。
と、それに口元を緩めたリヴァイが両手をユーリの両頬に伸ばした。
「っ!?」
顔を引き寄せられるようにして口付けられる。驚いた拍子にカチャリと音を立てた食器に、ユーリは慌ててお盆を強く握る。
「ちゃんと持たねぇとひっくり返すぞ」
「だって…ん、ふ…!」
ほんの少し唇を離したリヴァイが意地悪に言う。そしてユーリが反論のため開いた唇の間に容赦なく舌を捻じ入れた。
両手が塞がっていて押しのけることができないどころか、腕に意識をやらなければせっかく淹れた紅茶をこぼしてしまうかもしれない。それなのに、リヴァイはそれを慮る様子もなく、自由に口内を貪っている。
「ん、ん…」
腕の震えが伝わり、食器が小刻みにカチャカチャと音を鳴らす。酸素を失っていく体にはお盆も重たく感じられ、早くこの甘い戒めが終わる時をただ願った。
「っは…」
「ふ…」
唇を解放されると同時に、腕の中の重みが消える。傾きつつあったそれをリヴァイがユーリの手から掬い上げたのだ。緊張が抜けるとともに力も抜けて、ユーリはへなへなとその場に座り込んだ。
「少し冷めちまったな」
「誰の、せいですか…!」
先ほど飲み込まされた反論を口に出せば、リヴァイは口端に笑みを乗せた。
「拗ねるなら襲うと言っただろう」
「っ…!」
リヴァイはユーリをそのままに、炊事場と廊下とを繋ぐ扉を開けた。
「ジャン、持っていけ」
「は、はいっ!」
その言葉にばっと顔を上げれば、赤く染めた顔を同時に青ざめさせるという器用なことをしているジャンとサシャ、コニーの姿。ミカサもいるが、彼女はきつくリヴァイを睨んでいる。
覗いていたのだろう。そしてそれをリヴァイはわかっていた。恥ずかしさに顔に火がついたようだ。ユーリは耐えきれず、その場で顔を隠すように蹲った。
リヴァイは以前からさほど衆目を気にしない傾向にある。人が見てる前ではできればやめてほしいという訴えには、本気で嫌がったときはやめてやると返事をもらっているが、結局いつだってユーリが押し負けるのだ。
恥ずかしいという気持ちだけでは、本気で抵抗できないから。
意志薄弱な自分が情けない。小さく呻いていると、残りのカップも運び終えたようで、ユーリのすぐ隣でコツリという足音が止まった。
「いつまで床に這いつくばってるつもりだ、汚ねぇな」
「ぅぅぅ…」
リヴァイは返事とも言えない声を漏らすユーリをひょいと抱え上げると、小さな丸椅子の上に彼女を下ろした。その隣で自分も丸椅子に腰掛けて、テーブルの上に残された2個のコップのうち1個を示す。
「ほら、飲め」
どうせ、ガキどものところには行きづらいんだろ、と続けるリヴァイは、ユーリのことをよく理解している。
理解している。が。
それなら彼らに見せるような真似をしないでほしかった。
紅茶を啜りながらじっとりと睨みつける。リヴァイはそんな視線を気にする様子もない。
「どうして意地悪するんですか…」
カップを置いて文句をこぼせば、リヴァイは彼女に視線をやり、かちゃりと自身もカップをソーサーへと置いた。
「そんなの決まってるだろう」
そう、ユーリの顔を至近距離で覗き込む。
ーーお前が誰のものか、見せつけるためだ。
やんわりと唇を重ねたのち、それに恥ずかしがって拗ねるお前が可愛いと告げられ、ユーリは言葉を失った。
その隙を逃さずにまた重ねられ、深くなっていく口づけ。
愛する人からの過剰なほど甘い愛情を嬉しく思ってしまう限り、抵抗などできなるわけがないのだ。