遠くから、騒がしい集団が近づいてくるのがわかる。距離は離れているのに、廊下の天井を伝って聞こえる計画に、ユーリは笑いを噛み殺した。
「大変な洗礼が待っていそうですね、兵長」
「……企みが丸聞こえだ」
呆れたような声を出すリヴァイの表情は柔らかい。
ケニーの一件があってから、リヴァイは以前よりも雰囲気が柔らかくなったように思う。それが、嬉しい。常日頃からどこか緊張の糸を張っているようだった彼が、少しだけでも穏やかな気持ちであれるのなら。
リヴァイたちの姿を認めたヒストリアたちは、怯んだように足を止め、押し黙った。しかし次の瞬間、ヒストリアが叫びながらリヴァイをボクッと殴りつけた。
うおおおおと恐怖か驚嘆か、104期生たちが叫ぶ。
「ハハハハハハ! どうだ、私は女王様だぞー!? 文句あれば――」
「ふふ」
「!?」
「お前ら、ありがとうな」
リヴァイが声を出して笑い、感謝をする。そのことに喜ぶとか、驚くとかではなく、恐怖を表すリヴァイ班の面々。彼らの様子にユーリは思わず吹き出した。
「ふっ…ふふっ、あははっ。みんな、凄い顔してる。兵長、普段からもっと笑ったほうが良いですよ。こんなっ…お礼を言ってこんなに恐れられるだなんてっ…!」
「……ユーリ」
「すみませんすみません、笑いすぎました」
名前を呼ばれ、ぴしりと姿勢を正す。104期生からある種の尊敬の眼差しが向けられるのがわかる。
決して馬鹿にしたわけではない。ただ、最終的にリヴァイについてきてくれた彼らが、リヴァイを雲の上の存在として扱うわけではない彼らが、そして、それを喜ばしく思っているリヴァイが、嬉しかった。
だからつい気が緩んで笑ってしまったのだと頭の中で言い訳を述べていると、手を取られる。そして指になにかの、違和感。
「……ゆびわ…?」
「結婚するか」
「……………………へ」
「「「うええええええええええええ!?」」」
「移動するぞ」
「えっ、は、あ、えっ!?」
取られた手をそのまま引かれる。
わたわたとするユーリと、いつもよりも機嫌が良く見えるリヴァイを見送り、104期生たちは呆然とそこに立ち尽くした。
「え、結婚?」
「プロポーズ?」
「ここでですか?」
「なんで殴られたあとに…?」
「ユーリが、あのチビに、だなんて…」
「兵長と、ユーリが、結婚…」
「へ、兵長が、義兄、に!? そんな!! 大変だよ! お、おじいちゃんに、なんて言えば!!」
頭を抱えて騒ぎ出したアルミンを宥めすかし、104期生たちはよたよたと歩いていったのだった。
***
リヴァイの私室にまで連れてこられたユーリは、何度も瞬きをしながら、己の指にはまるそれとリヴァイとを交互に見た。
「さっき言ったとおりだが、結婚するか、ユーリ」
「えっ、あ、あの、なんっ、なんで、突然…!」
「……お前とは、共に在りたいと思っている。それは前から変わらねぇ。別に、籍を入れることにこだわりはなかったが…それも、悪くねぇと、思った」
視線を落として静かに語る彼の頭にあるのは、ケニーのことだろうか。そして、彼の母親の。
「返事はどちらでも構わない。お前が今のままが良いなら、それでもいい。俺の想いは変わらねぇし、お前の想いを疑ったりもしない」
ごつごつとした指がユーリの華奢な薬指と、そこに嵌るリングを撫でた。
ゆるりと瞼が持ち上げられ、グレーの瞳がユーリの碧の双眸を見つめる。
「だが、これはしていてくれないか」
「……あの、リヴァイさんの分の、指輪は」
「…あぁ」
戸棚から取り出された高級そうな小箱。ユーリの掌にそれをぽんと置く。
開けば、ユーリの指にあるものよりも数回り大きい、シンプルな銀色のリングがあった。それを手にとって、リヴァイの左手も取る。彼の薬指にリングを通した。
「永遠に、あなたを支え、ともにありたいです。リヴァイ…リヴァイ・アッカーマンさん」
「……愛してる、ユーリ。俺が捧げられるものはすべて、お前に捧げる。…永遠に、俺とともにいてくれ」
頬を包むように触れる掌。そっと目を閉じれば、優しく唇が触れ合う。一度離れて、視線が絡み、再び唇が触れる。
幸せな心地だった。
問題はまだ残っている。やらなければならないことは山積みだし、この世界の謎は増えるばかりだ。
けれど今は、こうして愛している人に触れているこのときだけは、そんなことも些末なことと思えるほどに、満たされていた。