AOT原作沿い3-12

 

 

 

巨人化したロッド・レイスを倒したあと、ケニーを含めた中央憲兵の残党を探していたときだ。

 

「……いた」

「ケニー・アッカーマン…」

「私が見張っておくので、兵長を呼んできて頂いても良いですか?」

「あぁ…気をつけろよ」

「はい」

 

共に組んでいた相手に頼み、リヴァイを呼んできてもらう。散弾銃を構えながら、満身創痍といった様子の彼に近づいた。

 

「ケニー・アッカーマン」

「……」

「生きてますか?」

「…ゴホッ」

問いかけに答えるというよりは、人の気配と話し声に意識を取り戻したのだろう。瞼を震わせて咳き込んだ彼の口から血が漏れた。

 

「…良かった」

「調査兵…」

 

リヴァイと同じ、グレーの瞳がこちらを見る。彼について詳しく聞いたわけではない。

リヴァイが過去の話をすることは少ない。それでも彼のこれまでの生涯はかいつまんで聞かせてくれた。母親の死、生き方を教えた男、ひとりで生きる中で出会った仲間。

『生き方を教えた男』がケニーであることは、今回の騒動でわかった。おそらく同じ血筋であることも。

リヴァイの実の父親、なのだろうか。

 

「はい。…リヴァイ兵士長の部下にあたります」

そう言うと、彼は血を吐き出しながら笑った。

 

「兵士長、か」

「……むしろ殺してあげたほうが楽なようにも見えますが、兵長があなたと話したいと思うので、踏ん張ってください」

「ハッ…そりゃあ、慈悲深いこって…」

「……」

 

リヴァイを育てた人。ニファたちを殺した人。

「…私の先輩たちを殺したみたいですね」

「…なら…あんたが…俺の頭を吹っ飛ばすか…?」

「いいえ。さっき言ったとおり、兵長が話したいと思うので。……それに、リヴァイさんの、家族、ですよね」

 

尋ねるような、独り言のような付け足しを聞いて、ケニーは身体を震わせて笑う。

「家族? あぁ、殺し合う程度には仲が良いな」

「…ありがとうございます」

 

「は?」

「あの人を、…愛して、くれて」

そう言うと、ケニーは虚を突かれたような表情をした。その無防備な顔は、リヴァイがまれに見せるものとよく似ている。

 

血が云々とかではなく、やはりリヴァイの家族なのだ。あの人の中に、彼が注いだ愛が生きている。だからこそあの人は、あんなにも誠実で愛情深い。

それなのに殺し合う羽目になるのは理解し難いし、ニファたちを殺したことは許せない。けれど、リヴァイを生かし、愛してくれた事実も消えない。

 

「くっ…はっ…あんた、俺を笑い殺したいらしい…見かけに…よらず、冗談のセンスがある…」

「冗談なんて」

ユーリ。…ケニー」

「兵長」

リヴァイの声に、ユーリはケニーに照準を合わせたまま後ろに退いた。

 

「俺達と戦ってたあんたの仲間はみんな潰れちまってるぞ。残ったのはあんただけか?」

「…みてぇだ…」

「……」

「兵長、彼も…」

「……」

ちらりとリヴァイを視線をやれば、彼の顔がほんの僅かに悲しげに歪むのが見えた。

 

「報告だ。ここは俺とユーリだけでいい」

「了解しました」

「…ユーリ、それを下ろせ」

「はい」

 

銃口を下ろす。きっと、これをもう一度持ち上げることにはならない。そう予想はしたけれど、いつでも構えられるようにと銃身は握った。

もしもケニーが抵抗をしたとして、リヴァイが手負いのケニーに劣ると思っているわけではない。ただ、そうなった時、彼に手を下させたくない。

 

ぽつぽつとしたふたりの会話に耳を傾ける。

 

「みんななにかに酔っ払ってねぇと、やってらんなかったんだな…みんな…なにかの奴隷だった…あいつでさえも…」

ケニーはガハッ、ガッと咳込み血を吐き出す。

 

「お…お前はなんだ!? 英雄か!?」

リヴァイはその言葉に反応を示さなかった。けれど、ユーリはきゅっと唇を結ぶ。

 

リヴァイは、英雄だ。確かに、彼自身がそうあろうとしてきた。いわゆる『英雄』の清廉潔白な像とは違うかもしれないが、力を持つものとして、こうあるべきだという像が彼の中にあるように思える。

愛する人の一部だ。でも、それだけの奴隷になど、なって欲しくない。そんなものからは解放されて、ただ安らいで、悲しんで、怒って、喜べる、そんな場所があって欲しい。

 

「ケニー、知っていることすべて話せ! 初代王はなぜ人類の存続を望まない!?」

「…知らねぇよ。だが…俺らアッカーマンが対立した理由はそれだ…ガハッ」

「俺の姓もアッカーマンらしいな? あんた…本当は…母さんのなんだ?」

「ハッ、馬鹿が…ただの…兄貴だ…」

 

何かを思い出すようなケニーの目。やはり、死の淵にあるのだろう。

――また、リヴァイの大切な人が、彼の目の前で、いなくなるのか。

 

「あの時…なんで…俺から去っていった?」

「俺…は…人の…親には、なれねぇよ」

そう言って、ケニーはちらりとユーリを見た。揺らいでいる命の炎がわかる。

 

「いいえ、リヴァイさんの、家族でしょう」

「クッ…あぁ、ハッ…随分と変な女、捕まえたな…せいぜい、仲良くやれよ…」

ケニーがリヴァイの胸にどんと渡した巨人化の薬。その腕がずるりと落ちる。

 

「…ケニー」

返ってくる言葉はない。それをただ見つめるリヴァイに代わって、ユーリはケニーの瞼を閉じた。散弾銃はもう後ろに背負っている。

 

「……行くぞ」

呟き立ち上がるリヴァイの手を引いた。

 

「いいえ、リヴァイさん」

普段よりも深い色になっている瞳をまっすぐと見つめる。

 

「連れて行かなければ。あなたが彼に似合うと思う場所に埋めましょう。彼が最期に帰る場所はあなたの元でした。彼が――あなたが、力の奴隷で、だからこそ長いこと離れていたんだとしても、そのしがらみからはもう解放されているはずです。ただの、家族のはず」

「……そう、か」

「はい」

「…手伝って、くれるか」

「もちろんです、リヴァイさん」

 

とても大きなリヴァイの伯父を運び、ふたりで墓を作る。

できた墓を眺めるユーリを、リヴァイが後ろからぎゅっと抱きしめた。

 

「リヴァイさん…?」

「……」

「……私にとって、リヴァイさんは、英雄じゃないです」

ぴくりと腕が動く。

 

「たったひとりの、愛している人です。あなたが何であっても何でもなくても、何をしてもしなくても、ずっと、変わらずに」

「……知っている」

 

いつも愛を囁いてくれるときとは違うけれど、柔らかい声が答える。抱きしめる力が強くなるのを感じながら、ただ愛する人に寄り添った。