巨人化したロッド・レイスを倒したあと、ケニーを含めた中央憲兵の残党を探していたときだ。
「……いた」
「ケニー・アッカーマン…」
「私が見張っておくので、兵長を呼んできて頂いても良いですか?」
「あぁ…気をつけろよ」
「はい」
共に組んでいた相手に頼み、リヴァイを呼んできてもらう。散弾銃を構えながら、満身創痍といった様子の彼に近づいた。
「ケニー・アッカーマン」
「……」
「生きてますか?」
「…ゴホッ」
問いかけに答えるというよりは、人の気配と話し声に意識を取り戻したのだろう。瞼を震わせて咳き込んだ彼の口から血が漏れた。
「…良かった」
「調査兵…」
リヴァイと同じ、グレーの瞳がこちらを見る。彼について詳しく聞いたわけではない。
リヴァイが過去の話をすることは少ない。それでも彼のこれまでの生涯はかいつまんで聞かせてくれた。母親の死、生き方を教えた男、ひとりで生きる中で出会った仲間。
『生き方を教えた男』がケニーであることは、今回の騒動でわかった。おそらく同じ血筋であることも。
リヴァイの実の父親、なのだろうか。
「はい。…リヴァイ兵士長の部下にあたります」
そう言うと、彼は血を吐き出しながら笑った。
「兵士長、か」
「……むしろ殺してあげたほうが楽なようにも見えますが、兵長があなたと話したいと思うので、踏ん張ってください」
「ハッ…そりゃあ、慈悲深いこって…」
「……」
リヴァイを育てた人。ニファたちを殺した人。
「…私の先輩たちを殺したみたいですね」
「…なら…あんたが…俺の頭を吹っ飛ばすか…?」
「いいえ。さっき言ったとおり、兵長が話したいと思うので。……それに、リヴァイさんの、家族、ですよね」
尋ねるような、独り言のような付け足しを聞いて、ケニーは身体を震わせて笑う。
「家族? あぁ、殺し合う程度には仲が良いな」
「…ありがとうございます」
「は?」
「あの人を、…愛して、くれて」
そう言うと、ケニーは虚を突かれたような表情をした。その無防備な顔は、リヴァイがまれに見せるものとよく似ている。
血が云々とかではなく、やはりリヴァイの家族なのだ。あの人の中に、彼が注いだ愛が生きている。だからこそあの人は、あんなにも誠実で愛情深い。
それなのに殺し合う羽目になるのは理解し難いし、ニファたちを殺したことは許せない。けれど、リヴァイを生かし、愛してくれた事実も消えない。
「くっ…はっ…あんた、俺を笑い殺したいらしい…見かけに…よらず、冗談のセンスがある…」
「冗談なんて」
「ユーリ。…ケニー」
「兵長」
リヴァイの声に、ユーリはケニーに照準を合わせたまま後ろに退いた。
「俺達と戦ってたあんたの仲間はみんな潰れちまってるぞ。残ったのはあんただけか?」
「…みてぇだ…」
「……」
「兵長、彼も…」
「……」
ちらりとリヴァイを視線をやれば、彼の顔がほんの僅かに悲しげに歪むのが見えた。
「報告だ。ここは俺とユーリだけでいい」
「了解しました」
「…ユーリ、それを下ろせ」
「はい」
銃口を下ろす。きっと、これをもう一度持ち上げることにはならない。そう予想はしたけれど、いつでも構えられるようにと銃身は握った。
もしもケニーが抵抗をしたとして、リヴァイが手負いのケニーに劣ると思っているわけではない。ただ、そうなった時、彼に手を下させたくない。
ぽつぽつとしたふたりの会話に耳を傾ける。
「みんななにかに酔っ払ってねぇと、やってらんなかったんだな…みんな…なにかの奴隷だった…あいつでさえも…」
ケニーはガハッ、ガッと咳込み血を吐き出す。
「お…お前はなんだ!? 英雄か!?」
リヴァイはその言葉に反応を示さなかった。けれど、ユーリはきゅっと唇を結ぶ。
リヴァイは、英雄だ。確かに、彼自身がそうあろうとしてきた。いわゆる『英雄』の清廉潔白な像とは違うかもしれないが、力を持つものとして、こうあるべきだという像が彼の中にあるように思える。
愛する人の一部だ。でも、それだけの奴隷になど、なって欲しくない。そんなものからは解放されて、ただ安らいで、悲しんで、怒って、喜べる、そんな場所があって欲しい。
「ケニー、知っていることすべて話せ! 初代王はなぜ人類の存続を望まない!?」
「…知らねぇよ。だが…俺らアッカーマンが対立した理由はそれだ…ガハッ」
「俺の姓もアッカーマンらしいな? あんた…本当は…母さんのなんだ?」
「ハッ、馬鹿が…ただの…兄貴だ…」
何かを思い出すようなケニーの目。やはり、死の淵にあるのだろう。
――また、リヴァイの大切な人が、彼の目の前で、いなくなるのか。
「あの時…なんで…俺から去っていった?」
「俺…は…人の…親には、なれねぇよ」
そう言って、ケニーはちらりとユーリを見た。揺らいでいる命の炎がわかる。
「いいえ、リヴァイさんの、家族でしょう」
「クッ…あぁ、ハッ…随分と変な女、捕まえたな…せいぜい、仲良くやれよ…」
ケニーがリヴァイの胸にどんと渡した巨人化の薬。その腕がずるりと落ちる。
「…ケニー」
返ってくる言葉はない。それをただ見つめるリヴァイに代わって、ユーリはケニーの瞼を閉じた。散弾銃はもう後ろに背負っている。
「……行くぞ」
呟き立ち上がるリヴァイの手を引いた。
「いいえ、リヴァイさん」
普段よりも深い色になっている瞳をまっすぐと見つめる。
「連れて行かなければ。あなたが彼に似合うと思う場所に埋めましょう。彼が最期に帰る場所はあなたの元でした。彼が――あなたが、力の奴隷で、だからこそ長いこと離れていたんだとしても、そのしがらみからはもう解放されているはずです。ただの、家族のはず」
「……そう、か」
「はい」
「…手伝って、くれるか」
「もちろんです、リヴァイさん」
とても大きなリヴァイの伯父を運び、ふたりで墓を作る。
できた墓を眺めるユーリを、リヴァイが後ろからぎゅっと抱きしめた。
「リヴァイさん…?」
「……」
「……私にとって、リヴァイさんは、英雄じゃないです」
ぴくりと腕が動く。
「たったひとりの、愛している人です。あなたが何であっても何でもなくても、何をしてもしなくても、ずっと、変わらずに」
「……知っている」
いつも愛を囁いてくれるときとは違うけれど、柔らかい声が答える。抱きしめる力が強くなるのを感じながら、ただ愛する人に寄り添った。