カテゴリー: ボツ案

ボツ:デートであげるもの

 

デートであげるものを最初髪飾りとして書いてました。

が、調査兵団で髪飾りをあげるのもどうなの?どうなの??どうなの???

と散々悩んだ結果、却下しました。

それに関連したボツ3シーン。原作以前の2729の冒頭、29.5話にあたります。ボツをぽいって上げてるだけなので、唐突に話が飛びます。

 

***

 

ふと一つの髪飾りが目に入った。まろやかに輝く銀色のバレッタ。すごく凝った装飾がなされているわけではないが、繊細な彫刻が施され、1カ所だけ蒼色の石が嵌め込まれていた。

「…」

「…お前に似合いそうだな」

ユーリの視線を追ったリヴァイが言う。その言葉にユーリは照れながら否定した。

「お、お世辞でも嬉しいです。でも、ああいうのはもっと大事にできる子がつけたほうがいいです。私じゃすぐ壊しちゃいそうで」

「…わざわざ世辞なんて言わねぇよ」

「え?」

「おい店主、これをくれ」

「えっ兵長!」

ぽつりと零された言葉を拾うよりも早く、リヴァイが店主に声をかける。ユーリが慌ててそれを止めようとするが、彼はすでに会計に入っていた。

「袋はいらねぇ」

「ま、待ってください、買ってもらうわけには…あっまさか兵長つけますか!? 私、つけてあげいたっ」

「馬鹿か。どうして俺がつけるんだ」

ピンと跳ねられた額を押さえ、涙目でリヴァイを見つめる。心底呆れたと言った表情にあわあわと言い募る。

「で、でも…あっもしかしてどなたかへのプレゼント…」

言えば、はあーと大きくため息をつかれる。

「あっじゃねぇ。もういい。向こう向け」

「はいっ」

言われるがまま、リヴァイに背を向ける。

後ろから伸びた手にびくりと体がはねる。リヴァイの指がサイドの髪を掬い、耳を掠める。その感触にまた体を跳ねてしまいそうなのを堪えていると、パチリと音がした。リヴァイがユーリの肩を掴んで体の向きを変える。目の前にいる彼は、真剣な表情でユーリの髪をいじっていた。

「…悪くねぇ」

満足したのか、口の端を上げて言った。そしてまたユーリの手を取って歩き出す。

自分に、くれるということだろうか。ユーリの姿を見て嬉しそうにしたリヴァイの顔を思い出すと、貰う理由がないとか自分の分くらいお金を出すとかいうのも野暮に思えて。

「…兵長」

「あ?」

「大事にします」

はにかみながら礼を言ったユーリに、リヴァイは満足そうに頷いた。

 

***

 

手元の銀のバレッタを見つめて、ユーリは唸った。

貰った翌日の訓練でつけなかったら、気に入らなかったか、と口を曲げたリヴァイに尋ねられた。もちろん気に入っていないわけがなく、もはや宝物と言えるそれを訓練で壊したり汚したりしたくないと伝えたら、リヴァイはダメになったらまた買ってやると表情を和らげた。

それは流石に申し訳ないので、やはり訓練ではつけないが、非番あるいは実践訓練のない日には着けるようにしている。

そして今日はそれ以来初の壁外遠征だ。

バレッタを、お守り代わりに持って行きたい。けれどもしも落としたら。

悩んでいるうちにも時間は過ぎていく。まさか遠征の日に遅刻だなんて、たるんでいるにも程がある。

(よし…!)

拳を握り、ユーリは立ち上がった。

 

***

 

苛立つように舌打ちして目つきは鋭いが、ユーリの頬に触れる指先は優しく、声音は心から心配してくれているものだ。そんな彼に誤魔化しをするのは不誠実な気がして、ユーリはおずおずと口を開いた。

「あの、情けない、申し訳ない、話なんですが」

「あぁ」

「…兵長から頂いたバレッタを、失くしてしまいました……」

しゅん、と肩を落とす彼女を見て、リヴァイは「あぁ」と小さく言った。

「これか」

そう言って差し出されたのは、ユーリが探し求めたもので。

「これです!! ありがとうございます! え、あれ、これどこにありましたか?」

「俺の服に引っかかっていた」

「そうなんですね…良かった…」

心底安心したように笑い、バレッタを胸に抱きしめる。そんなユーリの頬を両手で包み込んでリヴァイは顔を近づけ、一瞬止まってから額にキスを落とした。

「そんなに大事だったか?」

「ぁ、は、はい…」

額を押さえ、目元を染めながらユーリは答える。一瞬、唇にキスされるのかと思った。そう自惚てしまいたい。

けれどきっと、リヴァイの行為は手間のかかる妹に対するようなものだ。でも、もしかしたら。

期待とそれを打ち消す言い訳がぐるぐると巡る中、ユーリはなんとか話を続ける。

「兵長に頂いた、ものですから…」

「…そうか」

リヴァイは口元を緩める。

「あまり心配かけさせてくれるな」

「い、いつもいつも、ご心労おかけいたします…」

眉を下げたユーリにリヴァイが手を差し出す。

見上げればリヴァイの瞳は優しく緩んでいて、その表情にきゅうと胸が締め付けられる。こうして甘やかされることが、たまらなく嬉しい。

「用事が済んだのなら、部屋に戻るんだろう。転ばねぇように隣で見ててやる」

「…ありがとうございます」

ふにゃりと笑って、ユーリは差し出された手を取った。

ボツ:原作以前25話の後半

 

原作以前25話、ペトラと食事をしたシーンのあとに対比として兵長sideをいれようかと悩んだんですが、後悔しない選択をする兵長にしてはうじうじしすぎかと思ってボツにしたもの。

2個目は同じノリででもうじうじさせない方針で行こうと思ったけど、私の中の『この連載における兵長像』とちょっとずれる気もして結局ボツにして完全にカット。

 

***

 

ユーリと付き合ってないんだって? あんなにガッチガチにユーリ囲ってるのに?」

「…囲ってねぇ」

一人で書類を片付けていたリヴァイの部屋に押しかけて、散々巨人の構造はきっとこうに違いないだとか、体を動かす原理はこうだと一人で騒いでいたと思えば、ハンジは唐突に話題を変えた。

リヴァイはそれを憮然と睨みつける。

「いやそれは無理があるよ! 君、ユーリが男と話そうもんなら一目散に邪魔しに行くし、なんなら女の子相手でも恨めしげに見るだろ。君に気を遣ってユーリに話しかけない子が出る始末なんだよ?」

「…んなこと頼んでねぇだろ」

「そうはいったって、君の目つきは凶悪なんだ。誰だって好んで睨まれたいなんて思わないよ」

「…」

「というかなんで付き合わないの? ユーリだって少なくとも君のこと嫌ってはないだろ?」

「黙ってろクソ眼鏡」

なんでなんで、と騒ぐハンジを蹴り飛ばす。

「だって私たち、いつ死ぬかもわからないんだよ! 伝えられるうちに気持ちは伝えておかなきゃ」

「…わかってる」

蹴り飛ばされたことを意に介さず、ハンジは真剣にリヴァイを見つめて言った。

わかっている、しかし、リヴァイの中に間違いなくためらいがあった。理由は自明だ。いつ死ぬともしれない、人類のために自分を犠牲にする可能性がある身で、場合によってはユーリに犠牲になってくれと命令するかもしれない身で、恋人になってくれとなど言えるものか。調査兵団の命には、優先順位がある。

それにユーリは誰とも付き合う余裕がない、と言って告白を断っていた。

誰かに奪われる心配がないことには安堵した。しかしあそこまできっぱりと断っていたユーリを思い出すと、気持ちを伝えたらリヴァイにも誤解を生まないために必要以上の関わりを減らすだろうと思われた。

今のぬるま湯のような関係に甘んじてしまえば、少なくとも死ぬまでは穏やかに会話する時間を得られる。自分らしくないということは理解していたが、今を失うのが耐え難いように思えた。

重苦しいため息をついたリヴァイを見て、ハンジが目を見開く。

「え、まさかリヴァイ、君、勇気がないの?」

「あ”あ”?」

思い切り睨みつけると、ハンジは慄くどころか興奮して身を乗り出した。

「驚いた! まさか図星!?」

「チッ…」

言ってもいないことを汲み取ってくるあたり厄介だと苛立たしく思いながら、リヴァイは書類に目を落とした。文字はろくろく頭に入らなかったが、これ以上詮索されるのもごめんだ。

しかし手元の書類がさっと奪われる。巨人を話しているように昂った様子のハンジがリヴァイを間近に覗き込んだ。

「あのリヴァイが、そんなにメロメロになるだなんて!」

「…気色悪い言い方するんじゃねぇ」

「確かにユーリが告白を断るときは一刀両断だって聞いたもんなぁ」

「…」

「でもまさか…フフッ…リヴァイがそれを怖がるだなんて…くくく…アッハハハハハ!」

「うるっせぇ! 仕事の邪魔するだけなら出ていけこのクソ眼鏡!!」

思わず怒声をあげれば、腹を抱えてヒィヒィと言っているハンジが涙を拭きながら言った。

「ハハ、ごめんごめん。まぁそれだけじゃなく考えるところは色々あるんだろうけど…後悔したくないだろ?」

「…あぁ」

なら君らしく、行動をしたほうがいいんじゃない? と続けたハンジに、リヴァイはむっつりと黙り込んだ。

 

 

「ああ、ユーリは可愛いなぁ。話しているペトラが羨ましいなー」

「……」

「俺もユーリと一緒に食事をして、あの可愛い笑顔を独り占めしたい、あぁ、早く自分のものにしたいなぁあああ!」

「っうるっせえ! なんだテメーはぐちゃぐちゃと、削がれてぇのか!」

「いたっ」

最初はつぶやくようだったのが、徐々に叫ぶような大声を出し始めたハンジの脛をテーブルの下で蹴りつけた。

涙目で足をさすりながら、ハンジはリヴァイを恨めしげに見た。

「君の気持ちを代弁したんだよ。ユーリと食事したいなら、普通にあそこに混ざりに行けば良いじゃないか。きっと笑顔で頷いてくれるよ。私の班にいたときもそうだったからーーおっと」

今度は逆側の脛を蹴ろうとして、避けられた。

「ちっ」

「でも実際、あんまりもたもたしない方がいいと思うけど…まぁ、君は十分わかっているか」

ハンジを睨みつけ、リヴァイは黙る。わかっている。わかっているから

(ここまで書いてやめた。超中途半端!)

 

ボツ:ペトラが兵長に恋してたらな原作以前25話

 

ペトラが兵長に恋していることにするか悩んでいた頃の案。原作以前25話の食事会話とその後の夢主の行動について考えてみたけど、夢主の想いがこじれまくって結局くっつくまでの時間が更に長くなる予想ができたので、結局ペトラの兵長への想いは恋ではなく尊敬に収めました。

でも個人的に、最終的に採用した方でもペトラの想いは兵長から迫られればOKするだろうくらいに考えてはいます。本編にはそれは出してないですけど。

 

***

 

ユーリって…」

「はい」

一緒に昼食をとっていたペトラに呼ばれ、手を止める。ペトラは2個上の先輩にあたる。同じ班になったことはないが、何かと良くしてくれる優しい人だ。ペトラはしばし言い淀んでいたが、意を決したように口を開いた。

「兵長と付き合ってるの?」

ガチャン。

思わず持っていたフォークを取り落とす。慌ててそれを拾い、ぎゅっと握りしめた。動揺して手が震える。

「い、いえ。そんな、恐れ多い…」

「そうなの?」

「はい」

視線を落とし、握ったフォークを弄ぶ。

付き合っては、いない。恐れ多いというのも本当の気持ちだ。

けれど。

けれど、もしかしてと思う気持ちがある。

あの夜抱きしめられて慰められて、目元とはいえ、キス、されて。結局散々泣いた後に自室まで送ってもらった。

ただ部下を慰めるにしては行き過ぎている、と思う。けれど、その真意はわからない。いや、しかしもしあれをあらゆる部下にしているのであればそれはそれで問題なんじゃないだろうか。それとも自分があまりにも子供っぽすぎるのだろうか。

そこまで考えて、はたと気がつく。本当に子供だと思われているのかもしれない。そう思って考えてみれば、自分が昔アルミンを慰めていた時にしていたことと、大きくは変わらない気がする。

そう考えると納得できると同時に、落ち込む。

「子供だと思われているんだと思います…」

言いながらペトラを見上げて、ユーリはその表情の変化に気がついた。強張っていたものが、安堵するものへ。もしかしたら別の意味にも取れるのかもしれないが、直感する。ペトラはリヴァイを想っている。上司としての憧れだけではなく、一人の男性として。

「そっか。変なこと聞いてごめんね」

「いえ」

可愛らしく笑うペトラに答えた自分は上手く笑えただろうか。

***

いつもよりも身に入らない訓練を終え、ユーリはとぼとぼと兵舎に向かった。

リヴァイに好意を持つ女性がいる。それは当然考えられることなのに。自分だって『リヴァイ兵士長』に憧れを持って調査兵団に入った一人だ。実際に関わってみると、無愛想で神経質な面もあるが、とても部下思いで優しい。憧れが恋に変わることなど容易いだろう。

今は直属の部下で、気にかけてもらっているけれど、それはいつまで続くだろうか。

そもそも、自分が彼の周囲をうろついていたら、彼を想う人にとっては間違いなく目障りだろう。ペトラがそこまで悪感情を抱いているとは思わないが、それでも思うところはあるはずだ。もしも自分がその立場だったら、酷く嫉妬をしてしまいそうだ。

それに、リヴァイに好きな人がいたら。間違いなく、邪魔をしている。それもこれも、自分がガキ臭く、頼りないからだ。これでも入団当初よりは強くなったと思うし、仲間の生死もある程度、言い方は悪いが、割り切れるようになったと思うのだが。

一番の問題はリヴァイに甘えてしまうことだろう。彼に、甘えれば良いと言わせてしまうようではダメだ。一人でも大丈夫だと傍目からわかるくらいに、頑張らなければ。

よし、と両手を握る。

今日からもっと成長するんだと決意し、ユーリは前を向いた。

胸の奥で疼く痛みなんて、ない。

ボツ:原作以前17話

 

原作以前17話のボツ案2個。この話も結構悩んで最終的にさらっと終わらせることにしました。

最初はナナバさんなしで、1819話の兵長に泣きつくネタとくっついてた。さすがに兵長に泣きつくには理由がしょぼすぎるかなって思ってボツ。

分離した兵長に泣きつくっていうネタはそういえばいくらか語らせた方が良いかなって思った夢主の家族話とくっつけました。

もう1個は、ナナバさんと別れたあと夢主のリヴァイへの恋心に躊躇いを持つ理由を語らせようとした1カット。なんでボツにしたのかは忘れました…。多分、夢主がぐずぐずと想いをこじらせて話が進まなくなりそうだったからかな…

 

***

 

暗く冷えた給湯室でお湯を沸かす。窓からは弱々しい月明かりが差し込んでいる。ぽっかりと抜けた三日月だ。ぼんやりと眺めていると、しゅしゅしゅとヤカンが音を立てた。

ティーポットにお湯を注ぐと、バラバラと茶葉がジャンピングを始める。

手燭に炉の炎も加わったことに、ユーリは安心感を覚えた。

しゅしゅしゅと音を立てたヤカンを手に取り、ティーポットにお湯を注ぐ。バラバラとジャンピングを始める茶葉を眺め、頃合いを見てお茶を注いだ。

お茶を注いだカップを手に、ぼんやりと窓の外を見上げた。窓からは月明かりが差し込んでいる。ぽっかりと抜けた三日月。

カップを持ち上げて、残った分を飲み干した。もうすっかり冷めきっている。

カップを片付けると、窓から青い月が見えた。ぽっかりと抜けた三日月だ。じっと眺めていると、カツリと後ろから音が聞こえた。

「お前か、ユーリ

「兵長」

一瞬驚いたように目を丸くしたリヴァイだったが、すぐに細める。

「そんな薄着でうろつきやがって…明日鼻水垂らしてようが訓練は甘くしねぇからな」

言葉を額面通り受け取ってしまうと分かりづらいが、心配してくれているのだろう。薄着と言っても、カーディガンも羽織っている。風邪を引くほどに寒々しい格好をしているつもりはないけれど、この上司は意外と過保護だ。

「ふふ…大丈夫ですよ」

そう笑いかければリヴァイは苦々しげに舌打ちをした。そしてユーリに近づく。彼を見上げていると、頬にそっと手が添えられた。

「兵長…?」

「泣いたのか」

「え?」

予想外の言葉に首を捻る。

「泣いてないです」

「そうか? その割には、クソでも漏らしたような顔をしている」

汚い言葉遣いの割に、慈しむように目元を撫でられる。けれど泣いていない、はずだ。

「そんなに情けない顔をしていましたか?」

「ああ。自覚がねぇのが驚きだ。……お前、また噛んだのか」

目元を撫でていた手がするりと移動し、唇に触れる。ぴりっとした痛みに体が震えた。

「噛むのが癖になっているのならやめろ。いずれ噛む唇もなくなるぞ」

癖。そうかもしれない。確かに前も噛んでしまっていた記憶がある。

「うーん、気をつけます」

そう言って笑いかけるが、リヴァイは不愉快そうに舌打ちした。

「チッ…そんな顔をするくらいなら素直に泣けと言ってるんだ」

後頭部に片手が回され、もう片手に手を引かれる。気がつけばユーリはリヴァイの腕の中にいた。

「……ぇ」

ユーリの小さな体をすっぽりと包み込む体は男性にしては小柄だが筋肉質で、女性のものとは全然違う。ゴツゴツとした体。触れたところから伝わる熱を酷く熱く感じる。

「へい、ちょ…」

「何が悲しい」

ぎゅっと抱きしめられる。その力強さとは反対に、脅かさないようにと細心の注意を払われた声音で、そっと尋ねられた。

「何がお前をそんな顔にさせる」

心から案じてくれている響きに、心が揺らぐ。甘えてしまって、良いのだろうかと。

「え、と…」

「あぁ」

先を促すような声に、きゅっとリヴァイのシャツを握る。

「さ、寂しく、て……」

「あぁ」

「……久しぶりに弟とあったら、今が孤独に、思えて」

「……」

「そ、それだけ、です」

それだけ。そうだ。いつもは気を張っていたのが緩んでしまった。それだけなのに、こんな下らないことで上司の、人類の希望の手を煩わせるだなんて。

離さなければ。離れなければ。ーーこの温もりから、離れたくない。

ぐっと胸を押そうとする。

けれどその力はユーリを抱き込む腕より遥かに弱く、ほとんど意味をなさなかった。

「大丈夫、ですから…」

ユーリ

柔らかい声音で呼ばれる。見上げるのと同時に、目元にキスを落とされる。

「…ぇ」

「泣くなら俺のもとに来いと言ったはずだ」

そう言ってもう片側にもまたキスを一つ。交互に落とされる唇を受けて、自分が泣いていることに気がつく。

「ぐちゃぐちゃ使えねぇ頭で考えてねぇで、大人しく甘えろ、と言っている」

「へ、ちょ……」

口を開くと、嗚咽が止まらなくなる。リヴァイの胸に顔を埋め、頭を撫でるやさしい手を感じた。

 

******

 

「……はい」

柔らかくもどこか諭すような響きに、ユーリはこくりと頷く。

「支えになってくれる人がいれば、と思うけどね」

ぽんぽんと優しく頭に手をおいた後、ナナバは先に戻るよと去っていく。

「……私、は……」

言いかけて唇を噛む。支えたい、いや無理だ。どちらも言葉には出来なかった。

部下思いで優しいあの人が悲しんでいる時、せめて一緒に悲しみ、気持ちに寄り添うくらいはしたい。けれど、自分は一介の部下に過ぎない。それに、自分にはもう守りたい人がいる。そのためになら何もかも、自分の命だって投げ打つことは厭わない。弱くてちっぽけな自分は、まず間違いなくリヴァイよりも先に死ぬことになるだろう。それはまだ先かもしれないし、すぐ近い未来かもしれない。

結局、自分もあの人を悲しませるのだろう。

 

ボツ:原作以前19話後のイベント案

 

原作以前19話のあとに夢主が街で喧嘩して恨みを買った相手に攫われる→助けに来た兵長と親密になる→そのままくっつく? という案の導入部分だけ。

兵長とくっつくシーンとそれに伴うイベントは結構悩んだので。

原作以前8話に出てきた子供に絡んでた酔っぱらいを再利用しようかと思ったけど、恨みを晴らすにはさすがに時間がたちすぎてる(作中で半年以上経ってる)から厳しいかと考え直し、でもあんまりしょっちゅう喧嘩しまくってもな…と思って却下した。

 

***

キレイに包装されたそれを見て、ユーリはふふっと笑った。

今日は非番で、リヴァイへの感謝の印として贈るために紅茶を買いに来ていた。迷惑をかけないように、むしろ支えになれたらと思っているのに、結局一昨日の夜も散々泣いてしまった。

その時のことを思い出し、ユーリは頬を染める。抱きしめられて慰められて、目元とはいえ、キス、されて。もしかしたら、リヴァイも特別に思ってくれているのではないか、などと期待してしまう。

プレゼントを紙袋の中に戻して、帳の下りた道を歩く。何が良いのかに迷って、随分と時間がかかってしまった。以前リヴァイに連れて行ってもらった紅茶の専門店だが、種類が多すぎた。結局店主のアドバイスを受けて、リヴァイが愛飲しているものと、一度も買ったことがないらしいものを選んだ。

喜んでもらえると良い。いつもと変わらぬ仏頂面が少し緩んだときの表情が好きだ。

その表情を思い浮かべながら、ユーリは足を早めた。

夜はペトラに紅茶の淹れ方を教わる約束をしている。ペトラは2個上の先輩にあたる。同じ班になったことはないが、何かと良くしてくれる優しい人だ。そして紅茶を淹れるのが上手い。一度リヴァイに褒められて嬉しそうにしているのを見て、羨ましく思った事がある。

約束の時間までに間に合うかが怪しくなってきたため、近道となる路地裏に入った。気が急いて前しか見ていなかったことと、壁内は安全だという思い込み。それがいけなかったのだろう。ユーリは後ろから近づく影に気が付かなかった。あまりにも近すぎる足音にようやく気が付き振り向こうとした時には遅く、頭に衝撃を受けた。そこで記憶が途切れた。

***

コンコンと響くノックに顔を上げた。

もう夜も更けてきて、よほどの用事がない限りリヴァイを訪ねる者などいないはずだ。ハンジかエルヴィンか。ハンジなら行儀よくノックなどしないだろうから、エルヴィンだろうか。

「入れ」

キィと開いた扉から覗いた顔に、リヴァイは内心驚く。

「ペトラか。どうした」

ペトラがリヴァイの部屋を訪ねてくることはめったに無い。しかもこの時間だ。何事かがあった、と考えるのが妥当だ。

「こんな時間に申し訳ありません。あの、ユーリはこちらには来ていませんか?」

ユーリ? いや、今日は見てねぇな…非番じゃなかったか?」

答えながら、じわりと焦燥感が湧き上がる。わざわざこの時間に、ペトラがユーリのことを尋ねるために自分の部屋を訪れる? 最近ユーリといることが多いからと言っても、一番に探しに来る場所ではない。この時間に、どこにもいない?

ユーリと約束をしていたんですが、時間になっても来ないんです」

焦ったような表情でペトラがぎゅっと服の裾を握った。

「どこにもいねぇのか」

「思い当たる場所は探しました。約束を破ったりするようなタイプではないのに、見当たらなくて」

「チッ…」

へらりと笑う顔が思い浮かぶ。能力は低くない。気の強いところもある。だというのにいつもどこか無防備だ。しかも時折彼女の気の強さがトラブルを生むのを随分前に見たことがある。

「あいつ、どこで何に巻き込まれてやがる……ペトラ、今日のユーリの予定は聞いていたのか?」

「買い物に行く、とは聞いていました」

「そうか。ペトラ、兵舎内を探すように何人かに声をかけろ。俺は外を探してくる」

「はい! 私もすぐ、外に行きます」

「あぁーー念の為、お前は誰かと二人で行動しろ」

「はっ」

敬礼して出ていくペトラを見送りながら、リヴァイは兵舎を飛び出した。

 

ボツ:思い込みpiningリヴァイ視点

 

リクエスト頂いて書きました思い込みpining、リヴァイ視点を書いたらあまりに肉食になったためボツになったもの。ふたりで2次会〜くっつくまで

 

***

 

ユーリが入社し、学術部に配属された頃。リヴァイは既に部長に昇進することが内定していた。なんなら彼自身が入社した頃から学術部の中心を担うことが期待されていて、そのために他の部署でも経験を積んで、学術部に戻ってまた経験を積んだ。

そんな中で入った新入社員の教育係は、リヴァイの他にグンタも候補に上がっており、むしろ彼の方が有力だった。ただ、リヴァイ自身が改めて新人に教えることで業務内容を一から整理してから全体を包括する立場になりたい、と、ある種の我が儘を言ったのだ。

 

ユーリは端的に言うなら、素直で可愛い新人、だった。そして何より、真面目で人一倍努力家だった。できる限り自分で調べ、それでもわからなければリヴァイに尋ね、進行中の作業と直接関わりがないことであっても今後の役に立ちそうなことを率先して勉強していた。

 

最初から飛ばしていては身が保たないだろうと息抜きがてら食事や飲みに連れ出して、会話を重ねるうちに、程良い距離感とくるくると変わる表情、柔らかい声に、気がつけば彼女に落ちていた。

無意識に目で追いかけて、理由をつけてユーリに声をかけて。ただ、ユーリが周りに馴染んで他の人といる時間が増えるのにあわせて、その機会を得るのが難しくなっていった。教育係という名目を失うと尚更だろうとは思ったけれど、ある程度親しくなれたのだから、食事に誘ったりしても違和感はないだろうと思っていた。

 

だがそんな目論見も虚しく、ユーリが男に抱きしめられているのを見た。

部署の飲み会で解散した後、送るために声をかけようとしたけれど、その前にほろ酔いといった男がやって来て彼女を抱きしめたのだ。

変質者ならすぐに蹴り飛ばそうと思っていたが、ユーリの名前を呼んでいたし、ユーリ自身もその男を知っているようだった。こんな場所で抱きつかないでと怒ってはいたけれど、親密な様子だった。

連れ立って帰って行くふたりに正直黒い感情は湧いたが、既に恋人がいて、幸せだと言うのならそれを邪魔することはできない。

 

朗らかに丁寧な対応をするユーリはMRからも人気が高く、なんなら病院に説明会をしに行った先で、医者に言い寄られることもあると聞いた。そしてそれらすべて素気無く断っているというから、恋人との関係が良好なのだろう。

もっと早く出会えていれば違っただろうかと女々しく考えながらも、大人らしく、彼女の幸せを願うに徹した。

 

 

そうして2年。上司と部下としての適切な距離を保ち、ユーリが欲しいという情動に耐え続けて発覚した事実。

 

兄。

 

恋人などいなかった。

 

大きな勘違いをして2年も無駄にしたのかと思うと、脱力しそうだった。

ユーリが告白を断り続けているのが惚れた相手がいるからだと言うのなら、彼女も随分と長く片想いをしていることになる。その理由が何かはわからないが、つまり十分にチャンスはあるということだ。不毛な片想いを続けるよりも、自分に愛される方が幸せだと思わせればいい。

 

 

チーズに爪楊枝をぷすりと刺して口に運ぶ。ふにゃふにゃと嬉しそうに頬を緩めたユーリに、ここを選んで正解だったと悟る。

 

伊達に2年も片想いをしていたわけではない。チーズが好きなことも、でもお洒落過ぎるバーは緊張してしまうから、もう少し気安く飲めるところの方が好きなことも知っている。

……彼女が好きそうなところを探していたわけではないが、どこか店に出向く度、彼女が好きそうかを判断してしまってはいたのだ。

 

「ここのチーズ、美味しいですね」

にこにこと笑顔を見せるユーリについ目元が緩む。

 

ユーリは酒に特別弱いわけではないが、強いとも言えない。しかし甘い酒は好きで、所謂レディキラーと言われる酒も、ある程度安心できる相手とだと飲むようだ。

飲み直しとリヴァイが誘った先で彼女が一番最初に頼んだのもスクリュー・ドライバーであり、気を許せない相手だと思われていないことには安心する。が、同時に品行方正な上司としか思われていないことを思い知り、複雑な気持ちになる。

 

2年も無駄にしたんだ。今更時間をかけてじっくり落とそうとは思わない。そのためにも多少は酒で開放的な気分にはさせたいが、それに溺れさせて酒のせいだと言い訳されたくもない。

その辺りはユーリの様子を見てある程度で制止するかと思いながら、リヴァイは自身も適当に頼んだ酒に口をつけた。

 

「あの、リヴァイ部長」

「なんだ」

 

手にしたグラスの水滴を拭うように擦りながら、ユーリがリヴァイを上目遣いに見た。既にアルコールが回り始めたのか、頰が薔薇色に色付いている。

恋人がいるというストッパーがなくなり、今すぐ押し倒したい気持ちに駆られるが、酒ごと飲み下した。

 

「その…もしかして、私に黙っていること、ありませんか?」

「……」

ユーリの言葉に、思わず黙り込む。

ユーリは場の雰囲気を察するのには長けているが、ここまで勘が良かっただろうか。それとも、上手く隠せていると思っていたけれど、自分の気持ちがあからさまだったか。

 

ユーリは少し潤んだ大きな瞳でリヴァイを見つめている。

どちらにせよ、多少強引にでもひとりの男だと意識させる必要がある。今日フリーだと知って今日行動をするというのも計画性がないが、どうせ早いか遅いかの差だ。

こんな、襲ってくれと言わんばかりの愛らしい顔をして切り込んでこられて、それを跳ね除ける理由などもはやない。

いいだろう、ならばさっさと言ってやる、と口を開いた。

 

「あの、部長が聞いた噂は多分、大体誤解です」

「……は?」

リヴァイより僅かに早く口を開いたユーリが、脈絡のないことをのたまった。

 

「あの、きっと、男遊びしてるとか、玉の輿狙ってるとか、イケメン好きとか、そんな感じの噂ですよね? その、本人が言っても信用できないかもですけど、ホントに、そんなことなくて…信じて欲しい、です」

何を言っているのかが理解できず、リヴァイは眉を顰めた。

 

「……誰もそんなこと言ってねぇと思うが」

「えっ、でも、部長さっき難しい顔して…私の悪い噂があるから、気遣ってくださったんですよね? その、噂自体は多少時間が経って収まるのを待つしかないという面があると思うんですが、部長にも誤解されていたら嫌だな、と思って…」

恥ずかしそうに目を伏せながら、ユーリは眉を下げた。

その仕草も可愛らしくてそそる。が、発想はよくわからない。

 

「……少なくとも俺はそんな噂は聞いたことねぇし、そんな風に思ってもねぇから、安心しろ」

「本当ですかっ」

ぱあっと顔を輝かせたユーリが安心したように笑って、グラスに口をつけた。空になりそうなのでメニューを渡せば、ご機嫌に選び始める。

 

次に選んだのはアレキサンダーで、これまた飲みやすさの割にアルコール度数が高い酒だ。

そんなに持ち帰られたいのかと口に出そうになったのを押しとどめた。

 

結局気持ちを伝える機会は逸して、ただユーリとの心地良い会話が続いていく。

 

「んーと…」

3杯目を選んでいるユーリの目は未だアルコールのページに向いている。

 

ユーリ

「はい…?」

とろりと微笑まれて、このまま飲ませて連れ帰りたい衝動に駆られる。けれど望んでいる関係はそういうものではない。その場の勢いではなく、本気だということを理解させる必要がある。

 

「これ以上はダメだ。ノンアルにしろ」

そう言って手を伸ばし、彼女の上気した頰を包み込む。少しだけ耳朶にも触れるようにすると、ユーリの身体がびくりと跳ねた。先程までよりも一層顔を赤くしたユーリが戸惑ったように目を泳がせる。

 

「酔っ払って顔が赤い。自分でもわかるだろ? ほら、脈も…早い」

もう片手でユーリの手首を掴めば、早いリズムで脈打つ拍動が伝わってきた。

 

呆然としたように真っ赤な顔でリヴァイを見つめるユーリにふっと笑う。

悪くない。酒の力を借りて、吊り橋効果のような原理を利用しているが、それでユーリが恋だと勘違いしてくれるなら儲けものだ。

 

ユーリ

「ぁ…は、はい…あの…烏龍茶、に、します…」

動揺をそのままに、震えた細い声で呟いたユーリに、リヴァイは気分良く笑う。

 

今まではただの上司であろうとした。ユーリの中でもそうでしかない。けれどその必要がないのなら、その印象を突き崩し、男女のものに塗り替えてやる。

 

幸いユーリが自分に抱いている感情は好意か嫌悪かで言えば好意だ。少し距離を詰めたくらいで拒絶はされない。

 

ユーリの頬に触れていた手をするりと顎へと滑らせてから手を放した。

 

「……良い子だ」

 

そう囁いた声には、欲が滲んだ。

 

 

酔い覚ましに歩かないかと尋ねると、ユーリは笑顔で頷いた。当然家まで送っていくつもりではあるが、今日はそこまでだろう。……誘いがあれば当然乗るが、そこまで期待はできない。

それまでに、どれくらい近づこうか。

 

「あの、今日はありがとうございました」

隣で笑顔を見せたユーリに口元が緩む。ユーリは頬が上気していて動きが少し緩慢だけれど、足取りがおぼつかないという程ではない。酒を止めたタイミングは正解だったようだ。

 

「いや、遅くまで付き合わせた」

「ふふ…むしろ部長とたくさんお話できて、楽しかったです」

ユーリが両手を合わせてふにゃりと笑う。こんなに近くで無防備に笑う姿を見るのも久しぶりだ。正直、可愛くてたまらない。

 

「部長こそ良かったんですか? こんな時間まで。彼女さん、とか」

「あ? そんなもんいねぇよ」

「えっ! 部長、素敵だからてっきり…」

 

驚いたように俯かせた顔を上げたユーリに、少し悩む。『素敵』か。悪くはないが、言葉の距離感を考えると、やはり上司としての印象のほうが強そうだ。

もう少し踏み込みたい。

 

「……俺もお前と同じだ。惚れてるやつがいる」

「そ、そうなんですか。部長なら、誰でも喜んでOKしそうですけど…」

その言葉に自嘲気味に笑う。

 

「お前にそう言われると自信はつくが…2年も恋人がいると勘違いして手をこまねいた大間抜けだからな、俺は」

「……? そう、なんですか?」

 

こてりと首を倒したユーリは、それが自分だとは思わないらしい。自分がユーリに恋人がいると勘違いしていたことはわかっているだろうに、繋げることすらしないのは意識もしていないからか。

 

「でも、勘違いだったなら良かったですね! 部長ならきっと大丈夫ですよ」

「…そうだな。諦める気は、ない」

 

にっこりと笑いながら、高揚したように言うユーリ。無邪気に恋愛話を楽しむ女子でしかない彼女を見据えて告げる。

2年、手に入らないと思ってもなお捨てられなかった想いだ。チャンスがあると知って諦めることなどできるものか。今は意識をしていなくとも、誰でもOKだとか、大丈夫だとか言うのなら、その責任をとってもらおう。

 

笑顔で頷いたユーリが足を踏み出したとき、ぐらりと体勢を崩した。

「ひゃっ…!」

ユーリ!」

 

倒れそうになるユーリの身体を引き寄せる。手に触れた肩は薄く、抱き寄せている身体は細いのに柔らかい。すぐ近くにある頬は薔薇色に上気していて、驚いたように見開かれた大きな目は少し潤んでいる。

 

……今すぐ食べてしまいたい。

 

「酒は2杯で止めたはずなんだが、結構酔っ払ってんのか?」

「い、いえ…石を踏んでしまって…すみません…」

できる限り欲を抑えて言えば、ユーリが動揺した声で答えた。

 

この体勢になったのは正直好都合だ。転びかけたことやアルコールであまり余裕もなさそうだし、このままつけこませてもらおうか。

礼を言って離れようとするユーリの肩を掴む手に力をこめる。

 

「…なぁユーリ

「ひゃい! あっいやっ、すみません…!」

 

囁くように呼べば過剰に反応したユーリに気分が良くなる。モテる割に男慣れしていないらしい。その様子につい笑いをこぼすとユーリは恥ずかしそうに視線を彷徨わせた。先程までよりも頬が紅潮している。

それで良い。隣りにいるのは、自分を抱き寄せているのは女としてお前を欲している男なのだと理解しろ。

 

「俺にしねぇか」

「……へ」

言いながらぐっと抱き寄せる。

 

「お前の魅力もわかんねぇ男なんて忘れさせてやる」

不毛な片思いなんてやめちまえ。

 

「お前が惚れてる相手が誰だかは知らねぇが、俺も出世は早いほうだし、悪くねぇと思うがな。……俺が嫌いなわけじゃねぇなら、試しに付き合ってみればいい」

「ぶ、ちょう」

戸惑って呟いたユーリの顔を覗き込む。あぁ、悪くない。呆然と自分を見つめるユーリの目は零れそうなほど大きく見開かれている。そこに映るのは拒絶ではない。

 

「リヴァイ。名前で呼べ、ユーリ。お前の面倒を見ていた頃は、そうしてたろ」

「り、リヴァイさん…」

誘導してやれば、ユーリがぼんやりとした調子で返す。突然こんな風にされて、思考が追いついていないのだろう。されるがままの彼女の様子に自然と口角が上がった。

 

「あぁ」

ユーリの頬を撫でてそのまま包み込む。熱を灯す頬は暗がりの視界以上にユーリの動揺を伝えた。

 

ユーリ…」

「っ…」

名前を呼びながら顔を近づけるとユーリが息を呑んだ。

 

頬に添えている手に力はこめていない。けれど彼女は視線を逸らすことも、リヴァイを突き飛ばすこともしない。

本気で嫌がるようなら解放してやるつもりだったけれど、そんな様子がない。まるで熱に浮かされたようにリヴァイを見つめている。

 

――もしかしたら、片思いをし続けることが嫌になってきているのかもしれない。

 

「逃げねぇのか?」

逃げねぇだろ、と思いながら囁く。そうするならもうとっくにしているはずだ。ほんの少し動けばキスできる距離にまできて動かないなら、もうほとんど了承だ。

そのまま流されればいい。誰よりも愛して、どろどろに甘やかして、他の男なんて見れないようにさせてやる。

 

「ぁ……」

すぐ近くにあるぷっくりとした唇の隙間から、可愛らしく零れる声。

 

「――なら、俺に都合よく解釈するぞ」

それでも最後に逃げられるようにと与えた隙にも彼女が動かないのを確認して、唇を重ねた。

 

「……っ」

 

ただ静かに唇を重ね合わせるだけ。

怖がらせない。ここから突き飛ばされるのはごめんだ。けれど、もっと先には進みたい。慎重に、様子を見ながら。

 

ユーリは嫌がる素振りを見せないが、目も見開いたままだ。無防備に、されるがままになっている彼女につい笑みがこぼれそうになる。

 

「目ぇ閉じろ」

少しだけ口を離してそう言えば、ユーリは大人しく目を閉じた。

一度キスをしたのに、頬を染めてまた受け入れる。もう良いだろう。逃れるだけのチャンスは十分に与えた。

 

「…んっ」

再度口を塞いで、今度は彼女の身体を抱きしめてがっちりと固定する。何をされているのかわかるように音を立てて口づけて、官能を誘うように唇を食む。

 

力が抜けてリヴァイに身体を預けるユーリの唇の間に舌を差し入れ、彼女の舌を掬う。絡めて、しごいて味わう。ユーリが呑んでいた甘い酒に混じって、彼女自身の香りがする。

酒には強いほうだけれど、その香りには酔ってしまいそうだ。

 

ん、んと漏れる小さな声と誘うような香りに陶酔し、その口内を荒らし回る。どこもかしこも柔らかくて甘くて夢中になる。気がつけばユーリも自分の胸に縋るようにしており、そのことにぞくぞくとしたものが背筋を走る。ユーリの足が震えて辛そうにしているのがわかっても離れる気にならなかった。

 

ユーリの身体を支えて貪り、ようやく解放したユーリの息は上がっていた。艶かしく濡れた唇は開かれていて、そこからふたりの間を繋ぐ銀糸がたらりと落ちていく。

 

恍惚とした顔のユーリに舌舐めずりしたい気持ちを抑えた。

「…蕩けた顔しやがって」

「っ、あ、あの…」

「どうした。もう一度っていうお願いならすぐに聞いてやるが」

「ぅあ」

 

リヴァイの言葉にはっとして、ようやく何かを言おうとしたユーリのおとがいを持ち上げる。涙目で真っ赤になっているのがたまらなくそそる。

このままどこかに連れ込んで抱いてしまおうか。思っていたよりもユーリの抵抗が少ないから、押せばそれも通せるかもしれない。

ユーリが今は他のやつを好きだとしても構わない。身体からの関係でも良いし、最初は寂しさを埋めるためだけの存在にだってなってやる。最終的に、彼女が手に入るのなら。

 

「リヴァイ、部長…好きな、人が…」

そう紡ぐユーリの言葉は、本気だろうか。これだけして別のやつに惚れているだなんて言うわけがないのに。それとも、もっとしっかりと口説かれたがっているのか。

 

「まだわかんねぇか? それともとぼけたフリしてんのか?」

ユーリ、と名前を呼べば、ぴくりと彼女の肩が震えた。

いくらだって口説いてやる。毎日だって、落ちるまで。

 

「お前を見ていた、ずっと。恋人がいると勘違いして、他の男の手でもお前が幸せになってくれればと馬鹿みたいに思っていたが、違うのなら話は別だ」

他のやつになんて渡しはしない。

 

「片思いを続けるだけなら、大人しく俺に愛されろ」

そう言ってまた口付ける。軽く触れて、またすぐに、深く。

 

「っ…ま、まってくださ、ぶちょ…」

「リヴァイ。良いから流されてろ」

うまく翻弄されてくれていたのに、理性が戻ってきてしまっただろうか。でももう遅すぎる。今さら逃してなどやらない。

 

「んぅっ…ちが、んっ…」

唇を塞げば、それを待ち望んでいたかのようにユーリの力が抜けていく。都合の悪い言葉を言えないようにしながら彼女を楽しんでいれば、今度こそユーリの足から力が抜けた。

 

「ふぁっ…ぁ…」

「っオイ」

慌てて支えると、ユーリ自身も驚いたような表情で焦っている。

 

「ご、ごめんなさっ…重いですよね…!」

そう言って身を捩るのにまったく力が入りそうにない。

 

「そんなにやわじゃねぇ。立てなさそうか?」

「い、いえっ…」

否定をするが、やはり無理そうだ。惚れた女がキスだけでここまでなってくれたというなら男として冥利に尽きる

 

「無理するな。……そんなに気持ちよかったなら何よりだ」

「ッ……」

恥ずかしそうに視線を泳がせたユーリが、しかしまたちらりとリヴァイを見上げた。

 

「っ、あの、なにか誤解が、あると思うんです」

「誤解?」

ユーリを好きだという事実に誤解もなにもあるものか。眉間に皺が寄るのがわかる。

 

「はい。あの…」

どこか緊張した様子でリヴァイのシャツを握るユーリを見つめる。今更他の男に惚れているからこんなことはダメだと言われても、引き下がるつもりはない。

 

「私、…リヴァイ、さんが…ずっと好きでした」

 

「……は」

 

一瞬なにを言っているのかがわからなかった。ユーリは視線を逸らして唇を結び、潤んだ瞳で再びリヴァイを見つめる。

「入社してすぐ色々教わって、優しくしてもらって…それから、ずっと…でも、リヴァイさんが部長になった頃くらいから食事とかに誘われることも全然なくなっちゃったので、新人を気遣ってくれてただけなんだな、って思って…」

「それは……クソッ、本当に俺は間抜けだな」

必死な様子で言葉を紡ぐユーリを抱きしめる。

 

ユーリの惚れている相手が自分なのだとしたら、恋人がいると思っていた以上に馬鹿をしたことになる。しかも、自分の態度が誤解を生んだのだ。

「お前といると我慢がきかなさそうだったから、他に男がいるならまずいと思って誘わなかった。…いもしねぇやつのために2年も無駄にしちまうとはな…」

「私も、勘違い、してて…」

「あぁ、お互い随分と滑稽だ」

大きく嘆息すると、背中におずおずと手が回された。それに応えるようにさらに腕に力を込める。

 

今日一日の間に目まぐるしく変化した感情も全部独り相撲だった。どうすればユーリを絡め取れるのかばかりを考えていたけれど、最初から、むしろ惚れたときにはっきりと気持ちを伝えればそれで良かったのだ。

 

自分の馬鹿さにはため息しかでないけれど、それでも今こうして彼女といられることの喜びが勝る。

柔らかくて、それでいて華奢で。愛おしい存在が大人しく腕の中に収まってくれる。

 

しばらくそのぬくもりを感じてから、ユーリから身体を離す。照れたようにしながらリヴァイを見つめているユーリにもう1度キスを落とした。

 

「……家まで送る」

「…はい、ありがとうございます」

ふにゃりと笑ったユーリの手を取った。

 

気持ちは満たされているけれど、できることならもう少し。

今度はどうしたら家に上げてもらえるかを思惑しながら、リヴァイは握る手に力を込めた。

 

ハンネス登場シーン、ボツ案

AOT原作以前19話でハンネスさん登場させましたが、それより以前にとりあえずハンネスさん出したいな、どっかに突っ込もうと思って書いた文章はまるっと没になりました。

跡形もない。けど内容気に入ってないわけじゃないから雑にここにぶん投げときます。

ホントはweb拍手のお礼文にしようと思ってたけど、使っているプラグインの関係でページ遷移ができないので野晒し。

 

 

 

 

「あー、ハンネスさーん」

調査兵団本部で会議があり、帰ろうと門に向かった時、馴染みのある声に振り返る。

「おう、ユーリ、久しぶりだな」

大きく手を振る、昔から知っている子供。気がつけばだいぶ成長して、今では調査兵団の一員として1年以上無事に生き抜いている。

調査兵団に入ると聞いた時は全力で反対したけれど、意外と頑固な面のある彼女は当然のように調査兵団に入団した。以来、彼女の姿を確認するたびに安堵する気持ちが湧き上がる。

「元気そうだな」

「元気元気。ハンネスさんはちゃんと働いてる? 飲みながら壁工事しちゃダメだよ」

「しねぇよ、このやろ」

ぐいと抱きこんで髪をぐちゃぐちゃにしてやれば、やめてぇと呑気な笑い声が響く。ユーリは4人の中でも、シガンシナが襲撃される前と後とで雰囲気がもっとも変わらない。

けれど、ユーリは元々自分を押し殺して朗らかに笑ってみるのが得意なタチだった。幼いうちに両親を亡くしたアルミンの母親がわりになろうとしたからだろう。祖父に心配をかけたくない、アルミンに弱いところは見せられないと、こっそりと泣いているのを、ハンネスは何度も慰めたことがある。

ユーリが兵団に入ってからは会う機会も減ってしまったが、無理していないかが常に気がかりではあった。

「こないだ、久しぶりにアルミンたちと会ったの」

「そうか、あいつらも元気してたか?」

「うん、すごい成長してた」

「…あいつらも訓練兵になって、もうすぐ3年だもんな」

へへ、と笑うユーリの頭を撫でる。

本当は危険な場所になどいないで、こうして笑っていて欲しいと思う。せめて、少しでも心穏やかに過ごせる時があればと思うが、調査兵団に所属している以上はそれも難しいだろう。

ハンネスがせめて何か、菓子でも買ってやろうかと考えていた時だった。

ユーリ

手のひらに収まってしまいそうな小さな頭。その感触がふっと消えた。

何かと思い顔を前に向ければ、ユーリの襟首を掴んで引き寄せる人類最強の姿。

「俺の部下に何か用か」

今にも射殺しそうな目で睨みつけられて、思わず気圧される。ハンネスはリヴァイと面識がないわけではない。けれどその時はお互い、さほどの興味もなく会話を交わしただけだ。

その時とはまったく異なる。何が、そんなにーー

「え、兵長?」

「テメェも何してやがる」

ふいとユーリに視線を向けたリヴァイの雰囲気が、途端にゆるむ。言葉はキツいし顔も不愉快そうだというのに、何かが違う。

「あ、あれっ、今日もう訓練終わりましたよね? ちょっとだけなら良いかと思ってお話を…」

「…」

「うぐっごめんなさいごめんなさい」

襟首を掴む力が強まったようで、ユーリはリヴァイの手を軽く叩きながら謝罪をしている。

「お、おいおい、リヴァイ、首離してやれ」

慌てて止めようと手を伸ばせば、それを避けてユーリが後ろに放りなげるように解放される。そしてまたリヴァイの鋭い視線がハンネスに突き刺さった。

威嚇という言葉が浮かぶのと同時に、一つの噂が頭をよぎる。人類最強の兵士であるリヴァイに女ができた、と。

まさかという予想に、ハンネスは瞠目してリヴァイとユーリを交互に見つめた。

「おいおい、マジか…」

「あ?」

感じる敵意は、まさか、嫉妬か?

「兵長、すみません。今日もしかして、書類整理のお約束をしていた日でしたっけ?」

襟元を整えながら、ユーリがおずおずと尋ねた。いやそういう問題じゃねぇだろと言いたくなるのをぐっと我慢する。

「…あぁ。用がねぇなら先に行ってろ」

「はい。…ハンネスさん、またね」

ユーリ

「はい」

小さく手を振り去っていこうとするユーリをリヴァイが呼び止める。振り向いたユーリの髪に手を伸ばし、リヴァイが優しく撫でた。

「髪くらい直せ、みっともねぇ」

「うっ…はい」

ユーリは項垂れ手櫛でハンネスがかき混ぜた髪の毛を整える。それをリヴァイは愛しげ、というには仏頂面だが、見守っている。

「あー、その、確認するが、お前ら付き合ってるのか?」

聞けば、ユーリの手がぴたりと止まる。

「ははははははハンネスさん! なんて! こと! 言うの!!」

ばっと顔を上げたユーリは、顔を真っ赤にして平手でハンネスの腕を叩く。対してリヴァイは腕組みをして無反応だ。が、まんざらでもないといった様子か。

片手で顔を覆い、ハンネスは重くため息をついた。成長したとは思っていたが、まさかあのリヴァイ兵士長とそういう仲になるとは。今は否定しているが、この様子ではそれも時間の問題か。

近場に大事に思い合える相手がいるのは良いことだ。けれど、昔から知っている分、実の娘のように思っているユーリにそんな相手がいるというのは複雑な気分だった。

誤解されたら申し訳ないなどとのたまう彼女を宥めて、やることがあるならさっさと行けと追い払う。顔を押さえながら小走りに去っていくユーリを見送り、ハンネスはリヴァイに向き直った。

「惚れた女と話すために、仕事を押し付けるのはどうかと思うがな、兵士長さんよ」

「…押し付けて、ねぇ…」

苦虫を噛み潰したような表情で唸る彼は、自覚があるらしい。あのリヴァイが、まるでそこいらの青二才のようだ。つい昨日までは『頼りになる人類の希望』と見ていたのに、今はやや頼りない印象に苛立ちが募った。

「あの子は、俺にとって娘みたいなもんだ」

「…」

ハンネスよりも頭一つ分以上低い位置にある黒髪を見つめる。

「小さい頃から弟の親代わりをして、ひとりでなんでもやることに慣れてる。人の機微に敏感で、誰にでも寄り添ってやろうとする」

「…あぁ」

「惚れているなら、あいつを、ひとりにしないでくれ」

ぐっと肩を掴み、そう言えば、グレーの瞳が真っ直ぐとハンネスを見返した。

「壁外で生きる以上、約束はできねぇ。だが、俺自身が後悔するマネは、しない」

それは、リヴァイにとって最大限誠実な答えだったのだろう。それでは足りない、人類最強だというのなら、絶対に死なないし死なせないと誓ってほしいと言いたくなる気持ちを堪えた。たとえリヴァイであってもそれを約束できない場所が、壁外なのだ。

「あぁ、頼むぜ、兵士長さん」

ユーリだけじゃない、エレンたちもきっと、来年にはいつ死ぬとも知れない場所に身を置くのだろう。

ハンネスは幼い顔たちを思い浮かべ、深く息を吐いた。

 

 

 

※ちなみにこの日兵長の仕事の手伝いは約束してない、設定。

 

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